農業・農民の苦難の根源―WTOを厳しく告発、食料主権守れ(3/3)
国際シンポジウムパネリストの発言
間違った政策でアメリカの農家も活気失い荒廃の一途
アメリカ ニール・リッチー氏
(農業・貿易政策研究所(IATP)全米組織部長)
みなさんに報告する前に、イラクで起きた拉致問題について一言申し上げます。拉致された方々のご家族のことを思うとたいへん胸が痛みます。
もともとの引き金は、私の国の政府が必要のない軍隊をイラクに送ったことです。アメリカ軍の駐留が長引けば長引くほど、世界の平和と安定は遠のいていきます。どうかアメリカ人のなかにもこれに反対している人がいるということを知ってください。私は今、すべての被害者が一日も早く開放されることを祈っています。
貧困化で学校・病院閉鎖相次ぐ
さて、私たち農業・貿易政策研究所(IATP)は、家族農家、農村社会、生態系を守るために活動しています。アメリカでも世界でも、家族農家こそ将来の農業の最も重要な担い手だと確信しています。
世界的な農産物貿易によって、各地で家族農家が大きな打撃を受けています。アメリカの農家も例外ではなく、農村社会は荒廃の一途をたどっています。世界の農民が苦しんでいるのと同じ理由で、アメリカの農民も苦しんでいるのです。
私は、アメリカの中西部にあるアイオワ州のネバタという小さな町で、一九六〇年代の幼少期を過ごしました。その当時の農村経済はもっと力強く、人々は安定した生活を営んでいました。
しかし七〇年代から八〇年代にかけて、農村経済は徐々に力を失っていきました。農産物価格の下落によって、離農と農業に関連する産業の廃業が進み、農村社会は活気を失っていきました。
現在、農村の貧困はますます悪化し、学校・病院などの公的機関の閉鎖が相次いでいます。都市と農村で同じ生活をした場合、農村の生活費は二割少なくてすみますが、同じ労働をしたときの賃金は四割も低いのです。若者がどんどん農村から流出し、アメリカの農家の平均年齢は六十歳で、これまで培ってきた農民の知識が消失する危機に直面しています。
アグリビジネスだけが繁栄
新自由主義を主張する人たちは、こうした傾向は当然であるかのように言いますが、そうではありません。数十年にわたる、企業の利益だけを優先する間違った政策がもたらしたのです。
アグリビジネス企業は自由貿易を支持し、アメリカの農業分野の規制緩和はすばらしいと主張しています。これに従って政府は、一九六〇年農業法を大転換し、他国の貿易障壁を大幅に引き下げる役割をWTOに担わせました。政府は、これでアメリカの農業は繁栄すると言いますが、すでに多くの人たちがこの間違いを身にしみて分かっています。
NAFTA(北米自由貿易協定)が成立した一九九三年以来、農民が農産物を販売して得る収入はどんどん減り、政府の直接支払いが急速に増大するとともに、企業の集約化、市場の独占化が史上最大規模に進みました。
今日、アメリカの農家の収入の約四割は、直接支払いによるものです。直接支払いは農産物価格の低下による農家の収入損失を補てんするものですが、これで一番得しているのはアグリビジネス企業です。世界中に低価格の農産物を輸出し、外国の農村を破壊して多大な利益を得ています。生産コストよりも低い価格で売ることは、非常にアンフェアな貿易で、決して許してはなりません。
アメリカで生産される農産物の七割は国内で消費されますが、アメリカの農業政策は輸出される三割のためにあるようなものです。なぜ、このような輸出中心の農政をやるのかというと、ベネマン農務長官がもともとモンサント社の弁護士であったように、アグリビジネス企業と政府の間には「回転ドア」があるからなのです。
健康・安全面でも深刻な問題が
食品分野における企業の集中、市場の支配はどうかというと、穀物貿易ではカーギル、豚肉の加工ではスミスフィールド、種子と農薬の分野ではモンサントといった企業が、食品製造のいくつかの過程を一手に握り、集約化を進めています。彼らが力を増し、農家は大企業の契約農家にならざるをえなくなり、種子や農薬もその企業から購入するという構造が作られています。
こうして農薬や動物用医薬品の使用量が劇的に増え、遺伝子組み換え作物の作付が広がっています。それが健康や安全の面で多くの問題を引き起こし、医薬品が効かない病原菌が生まれたりしています。最近ようやくアメリカの消費者も生産現場に注目するようになりましたが、その一方で大企業が有機食品の分野にも進出し、地元の小さなお店や、そこに出荷する農家が新たな困難に直面しています。
また、昨年末にはBSEがアメリカで発生しました。政府は全頭検査をしないと言い張っていますが、私自身、アメリカの牛肉は本当に安全なのか疑っています。日本のみなさん、どうか全頭検査の要求を取り下げないでください。
「公正な価格・賃金・貿易」実現を
このように、アメリカの農産物輸出が世界の農民を苦しめるとともに、アメリカの農民も苦しんでいる根本的な問題は、企業が正しい価格、つまり生産コストに見合う価格で農産物を買っていないということです。そして、このようなアグリビジネスの支配を取り除くことが、食糧主権を確立するうえで重要なことだと言えます。アメリカの農民組織はいま、国際的なパートナーシップを広げ、こうした運動にとりくんでいます。
アメリカにはいま、メキシコの農村を追われた多くの農民が出稼ぎ労働者として働いており、私はこうしたメキシコ人労働者の組合をつくる活動にもたずさわっています。この運動のスローガンは、「YES WE CAN」(もちろん、私たちにもできる)です。この言葉をみなさんに贈ります。
私たちは、農民に公正な価格を、労働者に公正な賃金を、そして公正な貿易を実現できるでしょうか。正義の社会を築くことができるでしょうか。その答えは「YES WE CAN」――はい、もちろんできる、です。
(新聞「農民」2004.4.26付)
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