「農民」記事データベース20120827-1034-05

新自由主義・軍事大国化の
大攻勢に立ち向かい、
憲法の生きる地域・社会を

一橋大学名誉教授 渡辺 治さん

関連/みなさんのおかげで元気になりました
  /新自由主義・軍事大国化の大攻勢に立ち向かい、憲法の生きる地域・社会を
  /TPP問題の現局面とたたかいの方向
  /農民連の今日的役割と組織の拡大について
  /分科会/TPPのたたかい、共同のひろがり
  /分科会/先進から学ぶ組織の運営と拡大
  /分科会/生産と多様な流通、地域活性化と仲間作り

 農民連は8月1、2の両日、宮城県大崎市「農民の家」で、全国研究交流集会を開きました。集会では、一橋大学名誉教授の渡辺治さんが特別講演を行いました。また、農民連の真嶋良孝副会長がTPPについて報告し、笹渡義夫事務局長が「本部からの問題提起」を行い、分科会では各地の取り組みを交流しました。それぞれの報告(要旨)を紹介します。


 アメリカと財界の圧力で元に…

 新自由主義・構造改革の政治をやめてほしい、地方の衰退をなんとかしてほしい、そういう国民の声と運動の力で、3年前に民主党政権が誕生しました。直後の鳩山政権のもとではこれまでの枠組みを越えるものもありましたが、アメリカと財界の大きな圧力によっていぜんの路線にもどってしまい、変節しました。そして3月11日の東日本大震災以降は、震災と原発事故をてこに、野田政権はTPP参加、消費税増税と社会保障の切り捨て、原発再稼働、オスプレイ配備、そして改憲のうごきなど、新自由主義・構造改革の政治をさらに推し進めています。いったい日本の政治はどこへ行くのか、国民の中に不満と閉そく感がまん延しています。

 この3年間は私たちに何を示したのでしょうか。それは、新自由主義・構造改革の政治に終止符を打つには、大企業に負担と規制を課し、新しい福祉の政治を実現するという確固たる決意と対案を持った政権をつくらないかぎり、結局はアメリカと財界の圧力によって、もとにもどってしまわざるをえないことが明らかになりました。

 そういうもとでいま、2つの流れが生まれています。ひとつは、民主党に裏切られ自民党にもどるのもいやだという人々が、第三の道として、あの大阪市長の橋下氏に期待してもう一度日本の政治を変えようという流れです。しかし同時に、民主党も自民党もだめだという声の中から、国民自らの声と力によっていまの政治を変えていこうというもうひとつの動きが出ています。大飯原発の再稼働に反対して首相官邸前に多くの市民が集まっている行動もそのひとつです。こうした動きは、TPP反対、オスプレイ配備阻止の行動でもあらわれています。

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渡辺さんの講演を熱心に聞く参加者

 民主党政権は 3年間で変節

 この新自由主義・構造改革の政治に終止符を打つには、どうすればいいのでしょうか。最初に、私たちは民主党政権の3年間にどのような経験をしたのか、あらためて学ぶ必要があると考えています。「いまさら検討しても」という人もいると思いますが、私はそうは思いません。新自由主義・構造改革の政治を、国民の声と運動の力でストップさせたのは、はじめての経験でした。しかし、その民主党政権がアメリカと財界の圧力のもとで変節を始めた時に、その変質を食い止めひっくりかえすだけの力を、私たちは持っていませんでした。その力をどうつくるのか、もう一歩推し進めるには何をしなければならないのか、民主党政権の経験からくみ取ることが必要です。

 突きつけられた2つの改革で今

 新自由主義・構造改革の政治が始まったのは、1990年代初頭、冷戦体制が終えんして社会主義国が崩壊し、世界の政治と経済は大きく変ぼうしました。そのときに2つの改革が突きつけられました。

 ひとつは、大企業が思う存分あばれられる拡大した自由市場をいったい誰が守るのか。世界の憲兵であるアメリカが名乗りをあげますが、「おれだけがやるのは嫌だよ、日本の大企業だってアメリカに守られた自由市場でおおもうけして甘い汁を吸っているではないか。お前らも軍隊を海外に出して、いっしょに血を流せ。憲法9条があって軍隊を出せないなんてとんでもない」という圧力をかけてきたわけです。

 もうひとつは、国境を越えた地球規模の多国籍企業との競争の中で、日本の大企業がどうやって競争力をつけていくのか。そのために、日本の大企業をサポートして、もっとおおもうけできるように政治を変えなければいけない。それが、新自由主義・構造改革と軍事大国化の国づくりになっていったわけです。

 大もうけのため470万首切り

 もうけを大きくするためには、第一にどの大企業もやることですが、労働者の賃金カット、電話一本で首が切れる非正規労働者の雇用です。第二に、利益を税金として徴収されない仕組みづくり、法人税の減税です。そして第三に、内部留保としてため込んだ過剰資金をさらにもうけるために投下する市場づくり、TPP参加や原発の輸出などです。

 この結果、労働者派遣法によって10年間に470万人がリストラされました。こんなことは戦争でもなければおこらないことです。そして、若者は非正規で働かされ、最後の頼みの生活保護も切り捨てられようとしています。貧困によって餓死者や自殺者、ネットカフェ難民が絶えない、こんな先進国はありません。

 世論盛りあげた九条の会の活動

 こうした矛盾が激化するなかで、反「構造改革」の運動の盛り上がりが、政治を変えていきました。

 まず運動に立ち上がったのは、自衛隊を海外派兵するために憲法を改悪しようという動きに対してでした。「九条の会」は、決して無から始まったのではありません。いま全国には7500以上の「九条の会」がありますが、農民連をはじめさまざまな社会運動が長い間にわたって地域でがんばってきたからです。「九条の会」の運動によって、2つの形で政治に大きな影響を与えました。ひとつは、憲法改悪反対の世論が大きくなってきたことです。資料のように、読売新聞の世論調査で憲法改悪に反対という比率と、「九条の会」の数が機を同じくして伸びています。その結果、2004年には65%あった改憲賛成派が減少し、2008年4月の世論調査では、憲法改悪反対が43%に達して賛成派を逆転し、そのときの読売新聞の社説は、「理解に苦しむ」というものでした。

 もうひとつ、影響を与えたのは、民主党の憲法政策を変えたことです。当初は「論憲から創憲へ」とか言って憲法を変えるという主張でしたが、これが「憲法改正するかどうか具体的な決定をしていない」に変わったのです。この背後にあるのは明らかに世論の変化、「九条の会」の活動でした。運動が世論を変え、世論が民主党の政策を変えたのです。

 反貧困の運動も変革の力になる

 次におこった運動は、まさに新自由主義・構造改革そのものへの反対運動で、反貧困と非正規雇用に反対する運動がはじめて手を結びました。それが2009年の正月、マスコミがいっせいに報道した「年越し派遣村」でした。国民は日本にも貧困があることを知りました。市民がボランティアとして日比谷公園に集まりました。あの運動は、社会運動と労働運動がいっしょになって反貧困でたちあがり、政治を変えようとしたのです。

 この2つの運動、「九条の会」と反貧困のたたかいによって民主党は大きく政策を変えました。国民は、民主党ならやってくれるのではないかと期待を込めて投票し、政権交代を成し遂げたのです。これに対してアメリカのオバマ大統領は「普天間の国外移転」「密約の公開」に烈火のごとく怒ったし、財界は「構造改革はどうなるのか」とあせった。そして強力な圧力をかけて、鳩山政権、菅政権をひきずりおろしました。

 そして「社会保障と税の一体改革」、つまり社会保障の切り捨てと消費税増税という構造改革そのものに命をかけるという野田政権を切り札として誕生させたのです。この政権は、6年間のブランクを取り戻し、新たな段階に引き上げることを使命にした政権でした。

 若い人が自覚し今立ち上がった

 では、新自由主義・構造改革の政治に終止符を打つ私たちの政治を、いままでの経験に学んでどうやってつくりだすのか。政権交代から学べることは、運動は政治を変える、変えられるということです。そのうえで大事なことは、「九条の会」の活動に学ぶことです。ひとつは、「九条の会」は9条改悪反対の一点で良心的な保守の人たちとも手を組んで活動していることです。典型的な例が、新潟県加茂市の小池清彦市長です。小池さんは元防衛省の幹部で、「自衛隊は国民の命と暮らしを守るためのものであって、海外に行って人殺しをする軍隊になることは許せん!」と、「九条の会」の呼びかけに賛同し、自衛隊の海外派兵に反対して行動するようになりました。同時に、市町村の合併に反対し、県立病院の縮小にも反対する、つまり地方を衰退させる構造改革に反対して地方を守ろう、日本一の福祉の町にしようと変わってきたのです。2つ目には、「九条の会」が地域を根(ね)城(じろ)に活動を始めたからこそ、市町村の合併や地域経済をめちゃくちゃにしてしまうTPPの問題にも、原発再稼働の問題にも取り組んでいるということです。3つ目は、「九条の会」の活動を担っているのは、圧倒的に中高年の市民だということです。それは、この人たちが憲法改悪を65年も許さなかったことを一番知っているからです。だから、「いま立ち上がらなかったら」と最後の力をふりしぼって活動しています。どこの「九条の会」も若者がいないと悩んでいます。若者にとって9条は、空気みたいなものです。空気みたいな9条を私たちが守ってきたことを理解することはなかなかできません。でも、若い人たちは自分たちが立ち上がらなければ変わらないと自覚したときには、中高年が言う前に立ち上がります。それがいま首相官邸前におこっている原発反対の行動です。

 農民連が「蝶番(ちょうつがい)」の役割を担って

 いま、「憲法9条守れ」の運動だけでなく、TPP反対、消費税廃止、原発ゼロ、オスプレイ配備阻止など、各地で一点共闘の運動が大きな盛り上がりをみせています。私は、それぞれの一点共闘を結びつける「蝶番(ちょうつがい)」の役割を農民連が担ってほしい、そして地域で大きな輪をつくっていってほしいと思っています。そうしないと、一点共闘がタコツボ型になってしまい、大きな力を発揮できません。特に農民連には、生産者と消費者の「蝶番」になってほしい。大阪の橋下氏が最も得意とするやり方は、生産者と消費者を対じさせる、正規と非正規の労働者を対じさせる、高齢者と現役世代を対じさせる、こうしたやり方によって多数の結集を阻んでいます。ここに、構造改革派の手法があります。これを打ち破っていくためには、生産者と消費者をつないで日本の食と農を守っていくことです。

 それから、もう反対運動だけではだめです。新自由主義・構造改革の政治に終止符を打って新しい福祉型の地域社会をつくっていくためには、対案をはっきり示して訴えていくことが必要です。地域経済の中心は農林業や漁業です。特に農民連に期待したいことは、TPP反対の運動のなかで具体的な対案、政策をつくりあげることです。責任を持って現実的な対案を示していくことがいまほど求められている時はありません。それをやってこそ、新しい社会をつくっていくための大きな巻き返しの原点になるのではないでしょうか。

 最後に訴えたいことは、今度は私たちの番だということです。農民連の果たしている役割は非常に大きいものがあります。農民連のみなさんが、大きな巻き返しの運動に取り組まれることをおおいに期待しています。

(新聞「農民」2012.8.27付)
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2012年8月

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