食料主権宣言(案)(5/5)
日本と世界の食と農をますます危機
に追い込む政策の転換をめざして
二〇〇六年五月 農民運動全国連合会
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(4) WTOは食糧と農業から出て行け! 食糧主権の確立を
大国・多国籍企業本位のグローバリゼーションを主導する超国家・超国連機関として発足したWTOは、現代世界の農業と食糧をめぐる困難、貧困の拡大の元凶である。だからこそ、WTOは、世界の民衆と発展途上国の強い反撃を受けてきた。
一九九九年シアトルでWTOが最初の敗北を喫したときに、マーク・リッチー氏(農業貿易政策研究所=IATP前所長)は「シアトル以前はWTOを変えさせる希望なんてほとんど我々は持っていなかった。シアトル後、状況は突如一変した。WTOが農業交渉をうまく進めることができなくなれば、いくつかの点でWTOは『生命維持装置』をつけられた瀕死(ひんし)の状態に陥ることだろう」(24)と述べた。その後、二〇〇三年にメキシコ・カンクンで開かれた第四回閣僚会議も劇的に決裂し、二〇〇五年十二月、香港で開かれた第五回閣僚会議も「挫折」して、「多角的貿易交渉の機能不全を露呈」したと評される事態になっている(25)。
追い詰めているのは世界の民衆と発展途上国であり、追い詰められているのは超大国と多国籍企業である。
*自由貿易の押しつけは歴史と国際的公正に背く
WTO・FTAが推進する「自由貿易万能主義」は永遠不滅の真理などではない。アメリカもヨーロッパ諸国も日本も、歴史のある時期までは「保護貿易主義」者であったし、そしてしばしば現在もそうである。これら「北」の国々の侵略と略奪によって遅れて経済発展の道を歩まざるをえなかった発展途上国に「自由貿易万能主義」を押しつけるのは、歴史と国際的公正に背く。「現代においては先進国も後進国もなく、自由貿易という『永遠不滅の真実』に依拠すべきなのだろうか。かつて日米欧も、産業育成のために時限的な保護貿易を用いたのに、残された途上国や移行国にはもはや完全に閉ざされている。それは望ましいことなのか」(26)という批判は、「国際化される側」の立場に立った正当なものである。
*不透明で反民主主義的な交渉の中止を要求する
同時に、追い詰められた超大国と多国籍企業側も手をこまぬいているわけではなく、香港ではサービス交渉や非農産品(NAMA)分野で反撃に出た。そしていま、WTO推進側は圧倒的多数のWTO加盟国を排除し、ごく少数国の密室協議で事態を打開しようとしている。
私たちは、国際連帯の力でこういう不透明で反民主主義的なやり方を許さない。私たちは、とくに農業・食糧の分野では、発展途上国に対する市場開放の強要をやめることを要求し、「上限関税」の設定や関税大幅引き下げを含むいっそうの農産物貿易自由化に強く反対する。私たちは、WTO交渉の中止を要求する。
*「日本政府提案」には根本的な問題がある
日本政府はWTO交渉開始にあたって「多様な農業の共存」(27)を提案した。この提案を実現するには「各国の食糧・農業政策を尊重することこそ重要であり、グローバリゼーションや市場経済を振りかざして各国の国内政策や主権を脅かすWTOのルールは、根本的に見直す必要」があり、「各国の食糧主権の確立が欠かせない」(28)。また、私たちは、「多様な農業の共存」を実現するためには「多様な経済の共存」が不可欠であると考える。そのためには、WTO交渉において日本政府がアメリカやEUとともにとっている態度――つまり途上国に対してサービス部門や工業製品の自由化を強要し、途上国の経済・工業の発展の芽を摘む態度を根本的に転換させる必要がある。農産物では「あわれな輸入国」を演じ、サービス・工業分野では居丈高な強国として振る舞うことが許されるはずはない。
さらに日本政府は、二〇〇六年四月十八日に、米のミニマム・アクセスを最大三五%拡大し、毎年百四万トンもの米輸入を許容することを提案している(29)(表2、図11)。これは国内生産量
の一二%、米生産一位と二位の新潟・北海道の合計に匹敵する数量であり、減反を五万ヘクタール近く拡大し、米価をさらに暴落させることにつながる。これが「譲るべきは譲り、守るべきは守る」という政府方針の内実である。
これでは「守る」のは食糧と農業ではなく、巨大企業の利益だと言わざるをえない。私たちは、日本政府に対し「多様な農業と経済の共存」をはかる方向に転換することを要求する。
*ミニマム・アクセスの廃止を
WTOがスタートして以来、ミニマム・アクセス米は六百七十八万トン輸入されたが、このうち、輸入米をいやがる消費者や業者に政府が無理やり押し売りした量
は半分以下であり、三〇%は海外援助にあてられ、四分の一にあたる百七十万トンは“不良在庫”になっている(図12)。日本の農民には「売れる米づくり」を要求する一方、海外からは「売れない米」を輸入し続けてきた政府は、ついにミニマム・アクセス米を家畜の飼料にたたき売りしはじめた。飢餓人口が増え続けている世界で、人間に供給すべき米を家畜用に売却するなどというのは許されることではない。こういう事態の責任は、WTO、とくにミニマム・アクセスを規定した農業協定と、これに唯々諾々と従ってきた日本政府にある。
それにもかかわらず、日本政府は、米のミニマム・アクセスを増やすことを提案しているのである。かりにミニマム・アクセス米輸入を百四万トンに増やすことになれば、在庫は毎年五十万トンずつ積み上がり、年間保管料も五十億円ずつ増えることにならざるをえない。予算のムダ使いという点でも、飢餓国の食糧を奪い家畜のエサにするという点でも、要らない外米輸入は最悪の政策である。
食糧主権の確立を求める世界のNGOは「ミニマム・アクセスその他の市場アクセスに関する義務の廃止」を一貫して要求している(30)。私たちもまた、WTO農業協定の中でも最も不合理で矛盾に満ちた条項の一つであるミニマム・アクセスの廃止を要求する。人々が必要とする商品を取引しあうのが貿易である。不要な商品、あるいは国内であり余っている商品の輸入を押しつけることの、いったいどこが「自由貿易」なのか!
*農業と食糧から
WTO追い出そう WTOは多国籍企業の要求にしたがって、世界生産のわずか一割にすぎない輸出型農産物に焦点をあてているが、焦点をあてるべきは国内・地域向けの生産である。八億を超える飢餓人口をもち、食料自給率が異様に低い国が存在する地球に、「生産刺激的な」政策・支援を一切禁止するWTO協定は根本的にふさわしくない。多様な食習慣・文化を持つ国々と民族が存在する地球に、「マクドナルド」化を押しつける自由貿易主義は絶対に相いれない。
農業と食糧からWTOを追い出し、これに代わる農業政策と貿易のルールとして、地域レベル・国レベル・世界レベルの連帯と運動で、食糧主権を確立しよう。
私たちは「もう一つの日本」「もう一つのアジア」「もう一つの世界」を求める。
【注】
(1)06年4月5日衆院農林水産委員会での井出道雄農水省経営局長の答弁から。答弁によると、4ヘクタール以上の都府県の農家は8万戸、10ヘクタール以上の北海道の農家2万8000戸、集落営農組織への参加農家は41万戸で、合計51万8000戸。これは全国の販売農家の26・5%にすぎない。
(2)村田武『現代東アジア農業をどうみるか』(06年3月)。東アジア4カ国・地域(中・日・台・韓)で世界の大豆貿易量
の46%を輸入し、同じく4カ国・地域(日・韓・台・マレーシア)でトウモロコシ貿易量
の43%を輸入。
(3)国連人権委員会「食糧に対する権利に関する特別報告者」の国連総会への報告(05年9月)
(4)ビア・カンペシーナ「香港WTO閣僚会議に対する立場」(05年12月)、同「食糧主権とは何か?」(03年1月)、ビア・カンペシーナを含む45NGOのカンクン後の共同声明(03年11月)、ローマ食糧主権NGOフォーラム声明(02年6月)など。
(5)FAO『世界食料農業白書2005』所収の「貿易についてのビア・カンペシーナの立場」
(6)「先進国と途上国の農業者はWTO農業交渉において共通の立場をとる」(05年12月13日)。なお、06年3月にも同趣旨の共同宣言を発表(51カ国)。
(7)JA全中『ファクトブック2006』
(8)第60回人権委員会に対する「食糧に対する権利に関する特別報告者」報告
(9)第60回国連総会に対する報告(05年9月)
(10)アメリカ農務省プレスリリース「農業法フォーラムでの意見集約」
(11)「商経アドバイス」(06年1月10日)
(12)FAO『世界食料農業白書2005』所収の「貿易についてのビア・カンペシーナの立場」
(13)農民連試算。世界の14%の面積しかないアジアモンスーン地帯が、世界人口の54%を養っているのは、こういう生産力の違い、とくに水田の力による。
(14)「日本経済新聞」(06年4月4日夕刊)
(15)FAO『世界の食料不安の現状2004』によると、飢餓人口の50%は小規模農家、20%は土地なし農民、10%が漁民や森林依存者である。
(16)ビア・カンペシーナを含む45NGOの共同声明(03年11月)。
(17)「商経アドバイス」06年3月30日
(18)原田純孝「経営主体としての『家族農業経営』の位置と可能性」(『農業法研究39』所収)
(19)私たちの主張は、食糧主権確立のための具体的なステップの一環でもある。「民衆の食糧主権を確立するためには、地域、国、地方、世界レベルの政策を変えることを含め、持続可能な農業、小農民中心の食料生産、基本的に生産地で消費するなどの具体的なステップをこなしていく必要がある。貿易よりも地産地消を優先すべきだ」(ビア・カンペシーナの声明、05年12月5日)
(20)たとえば、インドネシアでは、オイルパーム(油ヤシ)の生産が年率12%という驚異的なスピードで拡大し、オイルパームのプランテーションは85年の60万ヘクタールから2002年には300万ヘクタールに拡大した。その反面
、大豆の国内生産は92年187万トンから2002年には67万トンに3分の1になった。
(21)「第56回東北経営者大会における奥田会長講演」(03年10月30日)
(22)経済財政諮問会議への報告(05年12月6日)
(23)石井啓雄『日本農業再建の道標』91年
(24)『WTO(世界貿易機関)何が問われているのか』(市民セクター政策機構ブックレット、00年4月)
(25)「日本経済新聞」(05年12月19日)
(26)大野健一・政策研究大学教授『途上国のグローバリゼーション』
(27)「WTO農業交渉日本提案」(2000年12月)
(28)愛知県豊橋市農業委員会建議(05年7月11日)
(29)「重要品目の扱いに関するG10提案」(06年4月18日)。「G10」は日本、韓国、スイス、ノルウェーなど食糧輸入国グループ。政府は日本がG10のリーダーであることを自認している。
(30)「危機に瀕しているWTO―民衆の食糧主権を守るため、われわれはオルタナティブな計画を提案する」(05年7月28日、ビア・カンペシーナなど世界的なNGOの共同声明、農民連も署名した)
(新聞「農民」2006.5.22付)
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