「農民」記事データベース20060522-732-02

食料主権宣言(案)(2/5)

日本と世界の食と農をますます危機
に追い込む政策の転換をめざして

二〇〇六年五月 農民運動全国連合会

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食糧主権宣言(案)の目次

(1)食糧主権とはなにか

(2)食糧主権が世界の流れに
 (1)「食糧主権」の言葉が満ちあふれた香港
 (2)日本の農協を含む世界の農業団体も
 (3)国連でも採択された食糧主権のビジョン

(3)食糧主権――日本の 食と農にとっては
 (1)食の安全」をめぐる危機的状況を打開する
 (2)食料自給率の向上を

(4)そのために何が必要か?
 (1)価格保障を復活し、米・野菜・果実などの暴落にストップを
 (2)「担い手減らし」政策をやめさせ、地域と農地を守る
 (3)農地制度と農協の解体を許さない
 (4)WTOは食糧と農業から出て行け! 食糧主権の確立を

1 食糧主権とはなにか

 食糧主権は、すべての国と民衆が自分たち自身の食糧・農業政策を決定する権利である。それは、すべての人が安全で栄養ゆたかで、民族固有の食習慣と食文化にふさわしい食糧を得る権利であり、こういう食糧を家族経営・小農が持続可能なやり方で生産する権利である。食糧主権には、国民が自国の食糧・農業政策を決定する国民主権と、多国籍企業や大国、国際機関の横暴を各国が規制する国家主権の両方が含まれている。

 食糧主権を実現するためには次の政策が不可欠である。

 *国内生産と消費者を保護するため、輸入をコントロールすること
 *貿易よりも国内・地域への食糧供給を優先すること
 *生産コストをカバーできる安定した価格を保障すること
 *輸出補助金付きのダンピング輸出を禁止すること
 *アグリビジネスによる買いたたきや貿易独占を規制すること
 *完全な農地改革を実施すること

 これらは、ここ数年、世界の農民組織や農業関係者、NGOが、国際的な討論のなかで練りあげ、合意を前進させてきた根本的な対案である(4)

 「食糧主権」はWTOがスタートした翌年、一九九六年に世界的な農民運動組織である「ビア・カンペシーナ」(スペイン語で「農民の道」の意)によって、WTO・新自由主義体制に対する根本的な対案として提唱された。

 WTOは世界中の農産物貿易を支配する巨大企業(多国籍企業)の利益を最優先し、各国が自主的に農業・食糧政策を決定する主権を奪って自由貿易主義をゴリ押ししている。その結果、飢餓の根絶という人類的課題は先のばしにされ、遺伝子組み換えを含む農業の「工業化」と“食の不安のグローバリゼーション”が進み、「南」と「北」の農民に離農や自殺、移住を強いてきた。世界の農と食を破滅に追いやるWTOから農業と食糧を取り戻し、食糧主権を保証する貿易ルールに切り換えなければならない。

 また、食糧主権は貿易を否定するものではない。「それは、むしろ持続可能な生産に対する国民の権利に役立つ貿易政策の形成を促進する」(5)。食糧主権にもとづく貿易ルールを保証する国際的な体制としては、FAO(国連食糧農業機関)やUNCTAD(国連貿易開発会議)、ILO(国際労働機関)など既存の国連機関の民主化と強化、食糧主権に関する国際的な合意と実施機関の設立が必要になる。

2 食糧主権が世界の流れに

(1) 「食糧主権」の言葉が満ちあふれた香港

 昨年十二月、香港で第五回WTO閣僚会議が開かれ、世界から農民と労働者、消費者が集まった。連日開かれた農業と食糧をめぐるフォーラムで共通して語られたのは、WTOのもとで農産物価格が暴落し、小農・家族経営と自給的な生産の崩壊が進んで、食糧主権が侵害されている実態であり、農民の暮らしを保障する価格の実現、アグリビジネスによる買いたたきの規制、輸出補助金付きのダンピング輸出の禁止、輸出型農業の抑制、農民をベースにした持続可能な農業を可能にする公的補助の実施など、食糧主権の実現を真剣に模索する討論が行われた。

(2) 日本の農協を含む世界の農業団体も

 「食糧主権」の言葉が満ちあふれた香港という意味は、これにとどまらない。

 日本の全中(全国農協中央会)を含む四十三カ国の農業団体は、「食糧主権」概念を盛り込んだ次のような「共同宣言」を香港で合意し、発表した。

 「すべての国が、それぞれの食糧主権を確実なものとすることができるようにすべきである……貿易ルールは、供給管理やセーフガード措置を含む食糧主権、食料供給および価格の安定化に資する政策・措置を認めるものでなければならない」(6)

 全中は、この四十三カ国の農業団体が「WTO加盟国の九割近くを占める百二十八カ国・地域」のグループを代表すると指摘し「これほど多数の国の農業団体が共同宣言をまとめるのは初めて」のことと解説している(7)

(3) 国連でも採択された食糧主権のビジョン

 こういう流れは国連機関のなかでも確実な流れになっている。二〇〇四年春に開かれた国連第六十回人権委員会では、世界人権宣言にもとづく「食糧に対する権利」と「食糧主権」の関係が検討され、同委員会の「食糧に対する権利についての特別報告者」に任命されたジャン・ジグレール氏は、NGOの到達点にもとづいて、次のように勧告している。

 「各国政府に対し、食糧に対する権利を尊重し、保護し、履行するよう勧告する。食糧に対する権利に重大な否定的影響を及ぼしうる世界貿易システム(WTO)のアンバランスと不公平に対し、緊急の対処が必要である。いまや『食糧主権』のビジョンが提起しているような…農業と貿易に関する新たなオルタナティブ・モデルを検討すべき時である」(8)

 この勧告は日本を含む五十一カ国という圧倒的多数の賛成で採択された。異論を唱えたのはアメリカ(反対)とオーストラリア(棄権)だけであった。これは、国連機関と世界の大多数の国が「食糧主権のビジョン」を受け入れつつあることを示している。

 また「特別報告者」は、昨年九月、WTO香港閣僚会議の直前の報告で、WTOを名指しして次のように批判した。

 「WTOの農業貿易ルールは、各国政府が食糧安全保障を維持するために採用する政策に重大な影響をもたらす。WTOは自由化を固定することによって、食料不安や飢餓に対して深刻で否定的な影響をもたらす手段を各国がくつがえすことを不可能にしている。WTOなどの国際機関が推進する経済モデルが、世界中の小規模農民の食糧に対する権利をおびやかしていることに懸念を表明する」(9)

 かなり抑えた表現ではあるが、同じ国連機関が、WTOをこれほどきびしく告発したことはなかった。世界の流れが、WTOに対する根本的な対案である食糧主権の方向に力強く向かっていることは明白である。

3 食糧主権――日本の食と農にとっては

 WTO・FTA推進――“農業開国”――農業「改革」という連鎖攻撃が展開されている日本の農業・食糧にとって、食糧主権はWTOに対抗するうえではもちろん、小泉改革に対抗するうえでも大局的な対案の方向を示している。とくに、BSE牛肉や遺伝子組み換え食品、農薬残留農産物の輸入から命と健康を守ること、巨大企業の買いたたきに対する規制と価格保障、洪水のような農産物輸入に対する規制、食料自給率の向上、農地法の解体を許さないことが、日本の食と農にとっての食糧主権の中心部分である。

(1) 「食の安全」をめぐる危機的状況を打開する

 BSE問題をめぐるアメリカ政府の横暴と日本政府の弱腰は、日本が「独立国」の体をなしていないことの雄弁な証明である。アメリカ農務省は三月二十九日、「二〇〇七年農業法フォーラム」の意見を集約して公表した。それによると、かなりの参加者が食料供給のサイクルにBSE感染牛が入ることを永久に完全に禁止することを望んだという(10)。一方、アメリカ政府は骨つき牛肉が混入するという重大な失策を犯しながら「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病にかかる可能性は交通事故よりも低い」などとうそぶいて、六月の日米首脳会談までにアメリカ産牛肉の輸入を再解禁することを強要している。

 また、アメリカは「顧客」の要望にそむいて遺伝子組み換え農産物の生産を拡大し続けており、トウモロコシ輸入の九四%、大豆輸入の七八%をアメリカに依存させられている日本の消費者は、遺伝子組み換え食品のモルモットにされている。

 これらは「すべての人が安全で栄養ゆたかで、民族固有の食習慣と食文化にふさわしい食糧を得る権利」にそむく。こういう「食の安全」に対する危機的事態を打開し、安全・安心な食を取り戻すことは、すべての国民の強い願いである。

(2) 食料自給率の向上を

図2 人口1億人以上の国の穀物自給率(2002年) 人間の最も基礎的な食糧である穀物の自給率が二八%、カロリーベースで四〇%という日本の現状は、「自給率」という言葉を使うのがおこがましいほど異常である(図2)。米の専門紙である「商経アドバイス」の社長・佐竹孝之氏は「WTO交渉においては『重要品目』などという官僚用語の詭弁(きべん)を弄(ろう)せず、『生命維持に必要な最低限の食料自給は国家の義務』という正当な主張、つまり食料自給権を世界に訴えていくべきだ」(11)と主張しているが、まったく同感である。

 現在の「食の不安」の根本的な原因は圧倒的な輸入依存にある。「貿易よりも自給的生産を優先する」という食糧主権の原則にもとづいて、国内で生産可能な農産物をできるかぎり自給することは、安全・安心な食を取り戻すうえで不可欠である。

図3 世界人口と農産物輸入額に占める日本の割合(2003年) 図4 アジアと欧米の農地の生産力の違い また、飢餓は食糧の分配の問題であり、「究極的には、食糧を買う金を持つ人々だけが食べ続けることができる」という破局的なシナリオさえ予想される(12)。世界人口のわずか二%を占めるにすぎない日本が、貿易に出回る農産物の約一〇%を買い占めている(図3)。これは持続可能でも、許されることでもない。

 経済学の始祖アダム・スミスは『国富論』の中で「水田は、ヨーロッパの最も肥沃(ひよく)な小麦畑よりもはるかに多量の食物を生産する。仮にその耕作により多くの労働を必要とするとしても、すべての労働を維持した後の残る余剰は、小麦の場合よりはるかに大きい」と述べている。実際、水田中心の日本の農地の人口扶養力はヨーロッパの三〜四倍、アメリカの十三倍にのぼる(13)(図4)。

 こういう力を持つ日本が、砂漠かツンドラ地帯並みの食料自給率に落ち込んでいる異常を打開し、自給率を向上することこそが世界への貢献であり、「食の不安」を解消する道である。他国の食糧を奪うことは許されないのである。

(新聞「農民」2006.5.22付)
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2006年5月

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