食料主権宣言(案)(3/5)
日本と世界の食と農をますます危機
に追い込む政策の転換をめざして
二〇〇六年五月 農民運動全国連合会
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4 そのために何が必要か?
日本の現状に照らして緊急の課題である食の安全確保と食料自給率向上を実現するうえで、次の四つが緊急に必要である。
(1) 価格保障を復活し、米・野菜・果樹などの暴落にストップを
水よりも安い米、箱代にもならない野菜など、農産物価格の暴落は深刻である。
WTO協定受け入れと同時にスタートした食糧法のもとで価格保障が廃止され、さらに最小限の下支え(値幅制限)も取り払われた結果
、米価はピーク時(九三年)の一俵(六十キロ)二万二千七百六十円から、現在では一万五千円を下回り、四割弱、八千円近く下がっている(図5)。銘柄によっては農家手取りが一万円を切っている。
五百ミリリットル入りペットボトルの水は一本百二十円前後であるが、同じ量の米は百円に満たない。これが、早春の冷たい風に追われて苗代を作り、熱帯に匹敵する暑い夏にもめげずに稲の生育を管理する半年間の労働に対する報いなのであろうか。
政府は、こういう価格暴落に何らかの手を打つどころか、いっそう価格を押し下げることが「改革」の本旨とうそぶいている。「改革」の中心である「品目横断的経営安定対策」のねらいは、農家すべてを対象にした価格保障制度を「過保護」でムダなものと非難して廃止し、ダンピング価格で輸入される小麦や大豆の「原価」と日本産農産物の生産コストの差額をほんのわずかの「担い手」だけを対象に「直接支払い」するところにある。
その理由は二つある。一つは「改革」の名で、日本農業を支え続けてきた家族経営を解体するためであり、もう一つは、現在進められているWTO交渉のなかで、価格保障が「国際ルール」違反とされる可能性があるからというものである。しかし、まだWTOの結論が出ていないにもかかわらず、そしてアメリカの有力議員が、WTO交渉の現状について「米国とEUの間には折り合えない差がある。一番の打開策は交渉を中止し、FTAにエネルギーを振り向けることだ」(14)と言わざるをえないほど交渉が行き詰まっているにもかかわらず、「国際ルールは厳しくなります!」などと脅すのは許されない。
*なぜ価格保障制度が必要なのか
私たちは、ミニマム・アクセスの削減・廃止、米の棚上げ備蓄による市場からの隔離、野菜・果
実のセーフガードの発動、さらに自治体独自の価格保障対策など、価格暴落の解決に役立つあらゆる措置の実施とならんで、米をはじめとする農産物価格保障制度を要求する。
私たちの要求は、せめて水よりは高い米価にしてほしいということであり、製造業労働者の「時給」並みになった稲作農民の「日給」を、せめて地域最低賃金並みにしてほしいということである。二〇〇四年の最低賃金(五千三百二十円)は生活保護水準以下ではあるが、稲作農民の「日給」(二千九百五十九円)は、さらにその二分の一に近い。かりに現在の最低賃金が保障されれば米価は一俵(六十キロ)一万八千円弱になり、時給千円という最賃改善要求にもとづけば米価は約二万円になる(図6)。
WTO体制の成立にともなって廃止された旧農業基本法は「国は、重要な農産物について、農業の生産条件、交易条件等に関する不利を補正する施策の重要な一環として、生産事情、需給事情、物価その他の経済事情を考慮して、その価格の安定を図るため必要な施策を講ずるものとする」(第一一条)と規定した。
「農業の生産条件、交易条件等に関する不利」とは、(a)冷害や長雨でも自動車は「不作」にならないが、有機的生産である農業は、気候その他の自然条件による影響が避けられず、工業生産との間に不均衡が生ずる、(b)小商品生産者である農民が自らの生産物を売るときは安く、生産・生活資材を買うときは高いという不等価交換が常態化していることを意味する。こういう不利を補って、農民が「他の国民各層と均衡する健康的で文化的な生活を営むことができるようにする」(旧農業基本法前文)ため、生産費を補償する価格保障政策が実施されてきた。もちろん、農産物の市場価格が恒常的に生産コストを償う水準で推移すれば、価格保障制度は発動される必要はない。
戦後実施されてきた価格保障は、農産物を販売するすべての農家を対象にし、一九六〇年代後半の米の自給の達成に続いて、「安楽死」寸前までに追い込まれた麦や大豆の生産回復に力を発揮してきた。これに対し、「品目横断的経営安定対策」にもとづく直接支払いは、きわめて限られた「担い手」を対象にするという意味で世界に類例がない選別政策であり、さらに基本的に過去の作付面積だけにもとづいて支払われるために、増産と自給率向上には絶対に結びつかない。
「過剰」生産処理のためにダンピング輸出を広範に行っているアメリカやEU諸国が、供給管理のために「非生産刺激的」な対策をとるのは当然のことである。しかし、飢餓に苦しむ多くの発展途上国、あるいは日本のように食料自給率が著しく低い国では、飢餓根絶と自給率向上のために増産が必要である。「生産刺激的」な政策、とくに価格保障を一切禁止するWTO農業協定は、飢餓根絶・食料自給率向上とは絶対に相いれない。そもそも、農業の持つ不利な条件を補い、家族経営・小農経営を守って農業生産を発展させることこそが「農業政策」であり、WTO流の政策は「農業政策」の名に値しないのである。
カニは自分の甲羅に似せて穴を掘るが、WTO農業ルールもアメリカとEUの都合に合わせてつくられたものにすぎない。基本的に冷涼・少雨のアメリカやヨーロッパで「非生産刺激的」で「粗放型」の対策をとるのは自由であるが、高温・多雨のアジアで「粗放型」の生産体系が押しつけられれば、かん木や雑草が生い茂って農地は荒廃し、農業は崩壊するだろう。
*食糧主権と国内補助金
「価格保障から直接支払いへ」が世界の流れであるかのような議論と、先進国の農業補助金一般が発展途上国の農業を阻害しているかのような議論が横行している。しかし、これは一面的であり、世界の農業・食糧問題の解決には役立たない。
現在、ヨーロッパ連合(EU)やアメリカで実施されている直接支払いは、価格保障と直接支払いの組み合わせであり、韓国やメキシコ、その他の国でも同様である。日本のように価格保障を完全に廃止して直接支払いへなどという国は存在しない。
また、EUやアメリカの価格保障・直接支払いは、これらの諸国が農産物輸出国であるがゆえに、農産物のダンピング輸出補助金にならざるをえないという宿命を負っている。生産コストを大幅に下回る価格が輸出価格となり、生産コストと輸出価格の差額を価格保障・直接支払いで補てんするからである。農産物輸出国では、国内支持も輸出補助金にならざるをえないのである。
輸出補助金は、直接であれ間接であれ、世界の農産物価格を生産コスト以下に押し下げて「南」と「北」の双方の農民経営を破たんに追い込み、とくに発展途上国と農産物輸入国の農業を破壊している元凶である。私たちは、最も「貿易歪曲」的であり、世界の農業問題の元凶になっている輸出補助金の完全な禁止を要求する。
同時に、輸出補助金と小農・家族経営維持の補助金を同一視し、「北」の農業補助金を一律に削減すべきだという議論は、世界の農業をめぐる困難の解決に結びつかず、食糧主権を求める運動の流れにも逆行する。なぜならば、ダンピング補助金以外の補助金も一律に削減し、さらに「北」の国々の農産物関税を引き下げて実現されるのは、「北」の国々の小農・家族経営の破壊にとどまらず、発展途上国農業のいっそうの「輸出型農業化」――それも主食をアメリカやEUからの輸入に依存し、発展途上国は「西側諸国のぜいたくな要求を満たす換金作物」を作る「輸出型農業化」だからである。
人間が生きていくうえで必須(ひっす)の食糧である穀物の輸出の流れは「北」から「南」へであり、世界で一番飢えているのは、食糧を生産する農民である(15)(図7、8)。「輸出型農業」をこれ以上促進するのは、飢餓の解消にも食糧主権の実現にも役立たない。
私たちの立場は、次のような食糧主権をめぐる国際的な討論の方向とも完全に一致する。
「食糧主権を守るためにどの国も国内支持を行う権利がある」「すべての補助を一律に禁止するのではなく、持続可能なローカル生産を維持するための小農・家族農業に対する補助と、アグリビジネスの利益を促進する補助金を区別するべきだ。ダンピングを助長する直接・間接の補助は禁止すべきだ」(16)
(新聞「農民」2006.5.22付)
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