3・11大震災から3年
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それを一変させたのが、原発事故でした。海岸線から10キロの佐藤さんの家は津波被害もなく、屋根瓦が多少落ちた程度の被害でした。ところが原発が爆発。一家は長い避難生活の後、いま、ひいおばあさんは神奈川県の特養ホームに、佐藤さん夫婦は南相馬市鹿島区の仮設住宅に、息子さん家族は相馬市に、家族バラバラの暮らしを強いられています。築140年のどっしりとした農家造りの母屋も、避難生活中に瓦を修理できなかったために屋根が崩落し、すべて取り壊さなければならなくなりました。
天井が抜け落ちた母屋の玄関に立つ佐藤さん夫婦 |
しかし、佐藤さん夫婦が最も心配しているのは、農地の除染・再生です。「集落の農地80ヘクタールの表土をすべて入れ替えるというが、いったい、その土はどこから持ってくるのか。周りの山土もダメ。逆に遠いと費用がかかる。ここは避難指示解除準備区域で、国は“家の除染が済んだらここに戻れ。賠償もそれまでよ”と言うが、農業再生の見通しが全くたたないのに、どうやって暮らしていくのか」と、怒りを込めます。
「仮に20年、30年かけて農業が復興できても、それまで若い人が戻れないのでは、その時にはこの集落はどうなってしまうのか。お墓は?山の手入れは?」――佐藤さんのますます強まる危機感は、浜通り地域の多くの農家に共通する思いでもあります。
シズ子さんも「私たちが本当に欲しいのは、お金じゃないんです。田畑を耕して、家族みんなが元気で、一緒に暮らせる。そんな普通の暮らしこそ、一番大切なものなんです。原発だってまだ危ない状態だし、復興だってこれからなのに、原発再稼働なんて、とんでもない」と言います。
「とにかく福島の現状を見に来てほしい。そうすれば経済発展のために原発が必要なんて言葉遊びのような議論にはならないはずだ」 (三浦さん)
今こそ、「原発反対!」の声を強めるときです。
[2014年3月]
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