スマトラ大地震・津波目おおう惨状にめげず懸命に立ち向かう人々の姿を見た…(2/5)北スマトラ被災地からのリポート 福伝活人/ (2/5) / (3/5) / (4/5) / (5/5)
不明者、まだ数万人も住宅を、医療を 避難キャンプでは…インドネシア保健省は二月十二日時点の行方不明者数を、十一万人超と発表。最もひどく被災した人口二十万のバンダ・アチェでは、まだ何万もの人々が行方不明です。木の箱を並べ、その上にスノコとゴザを敷き、テントを張っただけの避難キャンプは、被災した人々でいっぱいです。被災地ではほとんど見かけなかった子どもたちが、遊んでいる姿をよく見かけました。 また、ベニヤ板を張り合わせ、ペンキで塗られた仮設住宅の建設があちこちで進んでいます。しかし、まだ圧倒的に不足しており、ビア・カンペシーナは、食料や飲料水、医薬品などの支援のほかに、被災した人々が安心して暮らせる住居の建設を、六カ月の短期復興計画でうちだしています。 今回の大災害で、漁業がひどく被害を受けたのは言うまでもありません。メダン近郊の小さな漁村、セルダン・べダガイでは、二百を超える漁船のほとんどが失われ、二百四十人の漁民が漁具を失いました。JALA(北スマトラ漁民支援ネットワーク)のエディ・スハートノ代表は、「小漁民が所有するほとんどの小型漁船は未登録で、失われた数はわからない」と言います。 農業への被害も甚大です。何回も襲った大津波によって、農地に何層もの塩の層が厚く被さり、作物の育たない不毛の大地になってしまいました。二月から乾季に入り、たまった塩分を水で流すことができません。かんがい設備は壊され、ため池も海水が流れ込み役に立ちません。
(新聞「農民」2005.3.14付)
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[2005年3月]
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