BSE(狂牛病)問題混乱を招いた最大の原因は発生してからの行政の対応に東大名誉教授山内一也さんに聞く
山内一也(やまのうちかずや)1931年生まれ。1979年東大医科学研究所教授。日本生物科学研究所理事・主任研究員。BSE調査検討委員会委員長代理。著書に、『狂牛病・正しい知識』(河出書房)ほか。
いま流通している牛肉は安全この問題を長く研究してきた私にとって、BSEの発生は予想外のことではありませんでしたが、その後のマスコミや一般の人々の反応は、私の予想をはるかに超えるものでした。発生から五カ月経った今も牛肉の消費が低迷しているのは、政府と国民との信頼関係の問題で、行政対応がどうであったかを、厚生労働省・農水省合同のBSE調査検討委員会で検討しているところです。昨年十月十八日にスタートした全頭検査は、病原体が含まれている可能性がある部位を食用に回さないということと、BSE検査で感染している牛を摘発し、除外するという二本立てです。いま流通している牛肉は安全です。まったく問題ありません。
リスク管理の原則がなかった私は、BSEの発生を防ぐのは難しかったと思っていますが、混乱は防げたと思います。混乱を招いた最大の原因は、発生してからの行政の対応です。一つは、BSE牛が発見されたときにどう対応するのかというマニュアルがなかったということです。千葉県で最初のBSE牛が見つかったのは、アクティブサーベイランス(積極的な監視体制)を行っていたからですが、農水省がそれをやった動機は、日本がきれいであることを証明するためでした。OIE(国際獣疫事務局)の基準で、神経症状や行動異常を呈した牛を、一年間に三百頭検査して、感染した牛がいなければ、そう評価されるのです。 しかも農水省と厚生労働省が、別々の基準で監視していました。そこで焼却したはずなのに肉骨粉になっていたということが起きました。検査に回すのですから、そこで陽性が出たらどうするかという対策が考えられていなければいけなかった。リスク管理の原則が全然できていなかったために社会的に大きな混乱が起こりました。 もう一つは、動物衛生研究所で確認試験をやって陽性と診断して、これで十分だったのに、これを「擬似」として、イギリスに確認検査を依頼したことです。そこで国民は、日本の検査レベルは大丈夫なのか、イギリスに頼まなければいけないのかと不安を持ち、それが二頭目、三頭目の発生でまた消費が下がることにつながりました。 私は動衛研のプリオン病研究の評価委員をやっており、毎年の研究成績をすべて聞いていて、そのレベルはよくわかっています。動衛研の検査は科学的にしっかりしたものです。この分野の日本の研究はトップレベルで、イギリスで確定診断に使われた免疫組織化学という方法は日本で開発されたものです。
ドイツの場合は大臣が引責辞職BSEが自国で発生するはずはないという政府の対応は、ドイツの場合とよく似ています。ドイツ政府は、国境を越えて入ってくることはないと言ってきましたが、民間の食肉業者の検査で見つかって大騒ぎになり、政府の責任が追及されました。保健大臣と農業大臣が辞職しました。牛肉の消費は一時的に落ちましたが、今は回復してきていると思います。そこは、日本との違いです。デンマークでも日本と同じ頃にBSEが発生し、EU諸国で発生していない国はスウェーデンだけになりましたが、デンマークでは大きな騒ぎになりませんでした。 それは、政府の対応だけでなく、国民の情報量の違いが大きいと思います。ヨーロッパにいれば自国にBSEが発生する可能性があるというのは十分認識できます。BSEに関するいろんな情報がありますが日本ではその一部が出るだけです。 ちなみに、ある週刊誌が、ドイツ政府が牛乳を回収したというショッキングな見出しで報じましたが、あれは「回収」ではなく「輸入中止」です。それもドイツでBSEがみつかる前の話です。わざとショッキングな見出しにしたんです。牛乳はまったく問題ありません。
暫定清浄国になるには七年もOIEが決めた国際ルール「国際動物衛生規約」によると、日本が暫定清浄国になるには、最低七年間、現在の監視体制を続け、牛由来の肉骨粉が牛の口に入らないようにすることが必要です。現在の監視体制(危険部位の除去とBSE牛の摘発)によって、肉骨粉そのものも安全になっているはずですが、万が一に備えた行政対応が求められます。日本がイギリスから肉骨粉を輸入していたことはほぼ間違いなく、すでに国内で病原体が増幅された可能性は十分あります。これからもBSE牛が出る可能性は覚悟しないといけません。 しかし、検査すれば確実にBSE牛を摘発できるのです。生前検査ができればいいのですが、生きたままで取れる場所、例えば血液や尿、わきの下のリンパ節などには病原体が出てきません。今、ガンの腫瘍マーカー試験のような、感染にともなう変化を見る方法が研究されていますが、まだ見通しはまったくありません。 現状では殺すしか検査の方法がないのですから、その時に問題になるのは補償をどうするかということです。こういう問題を引き起こしたのは行政の責任ですから、行政は責任を負ってちゃんとやるべきです。
BSEはグローバルな問題同時に、BSEはグローバルな問題です。汚染された肉骨粉は、東南アジアを含めて世界数十カ国に輸出されました。それも日本よりずっと大量に。これらの国からどういう形で日本に入ってこないとも限りません。日本は安全性が確立して心配ないと思いますが、外から入ってくる可能性はますます増えてくると思います。OIEもこの問題に熱心にとりくもうとしていますが、日本のような対応をすべての国ができるかどうか分かりません。そういう国々に、日本の経験をフィードバックするのはわれわれの義務ですし、結果的に自分の国を守ることにつながります。グローバリゼーションの世代を生きていくとはそういうことです。日本の研究体制は、世界のトップレベルにあるのですから、それをすべて生かしてほしいと思っています。
(新聞「農民」2002.3.4付)
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[2002年3月]
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