全国研究交流集会「住民自治の村政と地域農政の活動」長野・栄村/高橋彦吉村長の記念講演(上)
栄村の村長の高橋でございます。日々の農民連の皆様の活動に心から敬意を表する次第でございます。今日は、「住民自治の村政と地域農政の活動」について、その理念と、三千人弱の小さな村での私たちのささやかな実践をお話したいと思います。 住民の力で自治取り戻そうといま「住民自治」という言葉を使いましたが、私が村長に当選した八八年の選挙で掲げた基本的なスローガンが、「住民自治」でありました。その頃は選挙の公約で「住民自治」とか「地方自治」というのはぜんぜん流行らなかったのですが、私は前身は社会教育でしたので、その時代から村々にもっと住民の自治ということが広がらないかぎり、その地方の発展の活力も出ない、ひいては国家もいい国家になっていかない、と絶えず思ってきましたし、社会教育のなかでも実践してきました。この方針の基礎には、「住民自治」をしっかりもって実現しようと、日々微力ながら努力しているところです。さて、「住民自治」とひとくちに言いましても、法律的な問題からいろいろあるわけですが、私はまず「人間の復興」なくしては自治はよみがえらない、実現できないと考えているわけであります。人間の復興ですから、今まで持っていた住民の力、あるいは自治というものをもう一回取り戻そう、ということです。 今の教育などを見ると、すぐ科学知識を組み合わせるとか、子供たちにしろ大人にしろもっと何がしかの知識をつけてやろう、ということになるわけです。けれども私は、いま国民は大人から子供まで非常に心と体を傷つけられて、健康を損ねている、たいへんな状況にある、という認識が前提にないまま、教育の問題を論じても意味がないと思っているわけです。人間が生まれながらにもっていた活力、能力をどうしても取り返すんだ、こういうことが基礎になければならないと、人間復興ということを言っているわけです。一度衰退、壊されたものをもとに戻す、この努力なくしては、「住民自治」もよみがえらないと思っています。 「住民の智恵と技育てる」を基本にそれというのは、日本はいま、経済開発万々歳の資本主義のもとで、商品社会、そして大衆消費社会が、「食」と「農」を壊し、住民、農民の心を破壊し、国民の健康を害していると言っていいのではないかと思っています。先ほどいただいたチラシで遺伝子組み換えという問題を指摘されておりますけれども、いま本当に食べ物の影響で人々の体に精子が少ないとか、今まで人間社会では聞いたこともないようなことがどんどん起こっている。これは、今日までのこの経済大国の高度成長政策のなかで、そして農業でいえば基本法農政のなかで、いろいろな意味で、心と体が痛めつけられているということです。これを解決することなしに、「住民自治」もありえないと思っています。これは目に見えない支配で、みんな「そんなバカなことはない」と一度は思うわけですが、しかしバカなはずはない大バカの組織というものが、どんどん自分の方へ押し寄せてくる。私たちも常にそれに流されて生きているというのが今日の生きざまだろうと思っているわけです。ここから私たちはどうしても脱却しなければならない。それは地域においては住民の自治を取り戻し、住民によって地域の創成を確立していくということだと思っているわけでございます。 いってみれば、私は住民の持っている知恵と技、こういうものを取り戻し、それを応援し、育てていくことが村政の基本的な役割であり、主要な、根幹の施策でなければならないと思っています。 まず、都市との交流から始めたここであまり漠然としては困るので定義をしておきますが、“知恵”というのは、その場に臨んで「適切に素早く対処できる能力」だと思います。一人一人の人格と深く関わりのあるものであり、また地域の文化と深く結びついたものが、知恵であり、そして技である。それは本来その地域に生まれてきた人たちが、自然に身につけてきたものであると、私は思っているわけです。これを復興し、取り戻していく。こういうことでございます。そしてこれを、どのような方法で実現していくか。ずっと実践してきたことは、都市の住民と交流をするということです。交流はモノのやりとりも必要ですけれども、それは根幹に何もない。大切なのは人と人との交流です。私はとくに過疎の住民は、過密なマンモス都市の住民と交流することで、自分たちの地域の、自分の住んでいる足元が見えてくるはずだと考えています。 こう考え始めたのは一九八〇年ごろですが、私はまだその当時は職員でしたが、この交流にはあまり金がかからない(会場に笑い)。八三年からは、農家の空き家を利用して、一週間くらい、都市の一般の市民の方々に、空き家をお貸ししています。もちろん無料に近いわけです。そこへわが過疎地域の住民が遊びに行く。もちろん手にはトウモロコシをぶら下げたり、スイカを背負って行ったり、とにかく村の人たちと都市の人たちとがその家のなかで、話し合いをする、交流することを条件としてお貸しする。いらっしゃった方もそういう気持ちを持った方が多かったわけです。 過疎の村の良さが見直された例えば、ここには中小企業の社長さんも見えましたが、翌年来たときには倒産をしている。もう家内と二人で内職だというような方もおりました。そういうマンモス都市の人たちと、過疎地域の人たちが交流をすることによって、何が変わったか。過疎地域の我が村の住民はですね、テレビを見て、ほんとうに手をかざして東京を見て、「いつかはあっちへ行って、いい暮らしができるから」と言うのが八〇年代の姿でありました。しかし、あの社長のように都市というのもなかなか楽じゃないということを、都会のいろいろな方々と話し合うことによって、納得できるほどわかってくるということです。そしてこういうことを通して、住民が栄村という自分の生まれた地域を見直すわけです。“猫つぐら”や雑穀産直が評判にそして自分たちがやってきた仕事も、都市の人からも評価されます。第一、野菜がうまい、米がうまい。それまで店屋さんでしか買っていない人たちが、直接農家の持ってきたものを食べるわけですから、それはびっくりするわけです。私たちの仕事っていうのは、本当に人を喜ばせる、たいへんな立派な仕事なんだと、そういう表現はしませんけれども、しかし私は村民も胸のどこかに感じた、こう思っています。またこんなこともありました。村のお祭りに都会の子供たちが連れられて来た。ちょうど夏ごろは私たちの集落では、獅子舞とかお祭りのための練習が、夜な夜な、あちらこちらであるわけです。そういう所へ交流に来た小さな子供たちが見学に来る。そうすると、今まで人に話などしたことのないような、本当に口を開いたこともないような親父が、「あの動作はこういう意味だ」とか、「自分たちも若い時やった」とか、それはもうコンコンと子供たちに説明をする。子供たちも晴れやかな気持ちで聞いている。私はそこからその爺さんの力、生きる力というものが出ているんだろうと思いました。 これは大阪の千里ニュータウンに住んでいる子供からの私あての手紙ですが、その中に「あのお爺さんのお祭りの説明は今でも忘れません」とこう、子供は書いている。本当に、交流とはこういうものでなければならないし、私たちはそこに交流の真の目的を見たわけです。たとえ貧しくても、こういう交流の経験をもっていれば、お年寄りたちは生き生きとしてくるのです。 ほかにも、わらじや草履作り、つぐら作りというのもあります。“つぐら”というのは保温するためのもので、一定の温度に保つと言ってもいいでしょうか。猫のつぐら、ごはんのつぐら、大根や野菜を冬に貯蔵するのもワラのつぐらの中に入れるわけです。とくに交流のなかで皆さんの目を引いたものが、猫のつぐらだった。最近は十万円もする猫がいるそうで、「うちのミーちゃんにいいからぜひお婆ちゃん作って下さい」ということで、頼まれて作り出したのが、猫つぐらです。猫つぐらと言っても、三日もかかるんですから簡単には作れないんですが、「家の光」という雑誌に出たので、沖縄から北海道から注文が来たわけです。来る日も来る日も冬は猫つぐら作り(笑い)。そして送ってやったら、代金の他に、ウィスキーが来たとか、手紙が入っていたとか、皆本当に喜々として喜んだ。それはそんなに生活の足しになるというものではないけれども、しかし心の肥やしには、かなりなりました。そしてまた雑穀産直などにつながっていった。私は「住民自治」のひとつの前提条件として、人々が復権をする。その方法として交流ということを言ってきました。いまでも大事に取り組んでいます。 社会的・政治的な自由を前提にそれからいま一つは、社会的・政治的自由の保障です。なかなかこの自由というのはあるようでいてない。村々の暮らしのなかで、一人一人の住民が地域社会のなかで自由な行動ができる、ということはそれほどないわけです。私も支持者から「村長、あれはあんたに反対なんだから気を付けたほうがいいよ」とか、ちゃんとこういう情報をくれるのですが、そういうものにもし首長が傾いていたら、住民の自由もなければ、「住民自治」というものは発展しないわけです。なかなかこれにも支持者は支持者ですからいろいろ苦労するわけですが、この社会的・政治的自由も「住民自治」の前提にあるということです。 完全にできたわけではありませんけれども、しかし根底には、私は常に十一年間、こういうことを心掛け、そしてまたある程度は実践できた、というふうに自負をしている次第です。(以下次号)
(新聞「農民」1999.9.6/13付)
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