全国研究交流集会「住民自治の村政と地域農政の活動」長野・栄村/高橋彦吉村長の記念講演(下)
次は「地域農政の確立」についてお話します。戦後の農地解放と自作農創設の農政が、一九五〇年代のなかばで転換を余儀なくされたことは、みなさんご承知のとおりです。高度成長と農業基本法の選択的拡大のもとでは、工業を中心とした日本の産業社会に、農業をどう合わせていくか、ここを力点に農政が進められてきました。 米代金でやれる田直し事業を長野県北部では「一里一尺」といいまして、一里行くと一尺雪が深くなる、それくらい信越県境というのは日本の深雪地帯と言われてきました。今でも一年のうち百四十日はほぼ雪に覆われています。これは山のことではなく、里のことです。しかし雪が悪いというわけではない。これは自然ですから。他の地域の人はさぞ大変だと考えるでしょうが、私たちの故郷の地形とか気象状況、経済環境を考慮して、私たち独自の、自分たちの地域に合った農政を進めていく、これが地域農政です。地域農政の充実というのは、農基法農政の追随では決してできないわけです。選択的拡大ではなく、少量多品目生産であり、特色のある作目を個人の知恵や技を生かして、みながそれぞれに経営を伸ばしていく。それを支えていくのが、地域農政だと思います。
私が村長になった八八年頃には、高齢化がとみに進み、農業従事者のうち七十歳以上が三五%でした。 しかし、棚田地域に広い農場を造れば、動かす土量が大きくなり、工事費が高くなる。そのうえ補助金の額は少ない。栄村の圃場整備に投入された国、県の費用は、なんと二八%です。あとは全部村と農家の負担になっているわけで、これでは財政も農家経営も持たない。なんとか米を売った代金で圃場整備をやっていけないか、ということで「田直し事業」が始まったのです。 集落共同化で機械の有効利用私たちの田直しでは、現場の田んぼで、農家の爺様の知恵を生かし、オペレーターと役場の職員で、話し合いながら設計します。技術の高いオペレーターは話し合いだけで、何時間で、費用はいくらという計算が頭の中で即座にできます。負担は、農家と村が五〇%で二十万ずつです。農家からは一年据え置きで、五年償還で返してもらいます。一年で四万円、コシヒカリ二俵弱。農家の負担が少ないということで、支持を得ています。 いま私は、中型の機械を使えるような形に直したら、今度は集落共同をしようと呼びかけているんです。集落共同で、基幹作業さえ共同でやれば、あとは自分で管理をする。言ってみれば家族農業を基本にした集落共同化です。状況次第ではいろいろ考えなければならないと思っていますが、いまは年々一、二集落ずつ増えています。集落共同化の際は、機械の支援は村がやっています。 「観光も農業も」と連関されて産直活動でも、できるだけ農民を流通の担い手として経験させることが必要です。昨年栄村でとれたコシヒカリは一万俵近くあると思いますけれども、これも農民が直接の担い手になって、産直に近い形で流通させる。雑穀も一時はなくなりましたが、また復活しました。流通対策のポイントは精算のスピード化です。少量多品目ですから、お年寄りがいくら売っても五万だとか十万という単位です。それで私どもが考えたのは、行政が金利負担と代金を早く支払うというやり方です。こういう対策費を置くということをしないと、始まらないわけです。 農林業はどんなに小さくても守っていかなくてはならないし、また農林業を離れて中山間地に暮らす理由はないわけです。しかし農林業だけでは暮らせない。したがって農業を中心としながらも、観光とか商工業、小さな土木会社などの村内の産業部門の徹底的な連携をしないと、地域経済を構築できないんですね。「農業がダメだから観光だ」ではダメなわけで、「農業も観光も」という連関性を作ることに努力をしてきたつもりです。 村民に喜ばれる振興公社の活動その担い手として、栄村振興公社という財団法人を作りました。都会の皆さんが栄村の観光施設を利用するとき、公社がすべて引き受け、平成十年の売り上げが三億円、支出も三億円、一円ももうかっているわけではありません。この三億円の売り上げをどのくらい村内へ支払っているか、これが問題なのです。昨年は三億円のうち七一%でした。多少高くても地域の店から買って、必ず村内に金を落とす努力をする。これが公が観光に手を出す意味でございます。 また、観光客から「農家にこういうものを作ってほしい」というご注文をいただいた時に、ひとつのジョイント役としても公社が働いています。 そのほか加工センターを作りました。いま運営委員長は女性ですが、まったく自由にやっています。自分で豆を作って味カイにして、たいへん好評のようです。みんな喜んで作っています。若い職員には東京農大へ二年間研修に行かせ、科学的な面でもお母さんたちに知恵を付けています。 日本で唯一、行政の除雪直接管理雪の深い栄村では、誰でも安心して一生暮らせるためには、雪を克服するということが村政にかけられた最大の責務であると思っております。もちろん代々の村政も努力をしてきました。今は農家でも、冬でもしょっちゅう用事があるわけです。そこで一挙に除雪できるように地域内の道路を整備するんですが、これを補助事業でやっていたのでは間に合わないし、高すぎるので、村が直接やっています。とくに高齢者を含めてみなさんが生活に不便にならないようにしているのです。 今は、十センチ以上の雪が降ると、七十五キロの道を村が除雪しています。道路整備が進めば、百キロくらいまでは伸びるかもしれませんが、この道を寒中はほとんど毎日、午前三時半から朝七時半の間に、十数名のオペレーターで一斉に全部除雪します。これには年間一億五千万円くらいの予算を使います。 それからお年寄りが多いので、自分の家の屋根の除雪も、落とした雪を片づけることもできなくなっています。そういう家については冬の間、除雪の部分は行政が直接、管理しています。これは七七年からずっと続けてきてもう古いんですが、日本で栄村だけだそうです。
最初は無料でしたけれども、今は有料・無料を民生委員が判断して、百六十一戸を村が管理しています。村が管理するようになってからは、雪の事故でお年寄りが亡くなるということはほとんどありません。 村内循環バスやJR駅“有人化”また栄村は三十一集落あるのですが、事情があって不可能な三集落を除いては、村内の循環バスが一集落三回、夏でも冬でも、有料ですが運行しています。それから栄村には四駅ありますけれども、遺憾ながらJRは、すべて無人化してしまいました。お年寄りが病院に行くために電車に乗るのに、雪が多くてホームに出るまでが容易じゃない。だから無人というわけにもいきませんので、四駅管理の委託を受けて、四人の方がちゃんと管理をしています。そうやって高齢者サービスという立場で、安心して暮らせるような措置をとっているわけです。 また、山村であっても面白くしていかなきゃならない。中学生にアンケートしたところ、「コンビニがなくて栄村には住めね」と言われた。コンビニを作ることはできませんけれども、伝統のある太鼓とか、洒落た名前の「月夜のコンサート」を、四、五十代が集まって開いています。今年は二代目高橋竹山を呼んで灯篭などを作って歓待する。みなが手作りで参加して、それぞれもっている技を提供するというのは私はいいことだなと思います。 住民参加で多彩な文化・芸術活動婦人たちは、絵手紙交流活動で去年は小豆島まで行きました。自分たちで表現し、やはりハートに何か肥やしをしていくということは、非常にいいですね。地域では、住民が審査委員になって地域ごとに競う「雪ん子祭り」をしています。こういう芸術・文化活動を面白くやりながら、村のなかで融合していかないと、地域作りもできないと思っています。みなさん方の組織もそうですが、それぞれ持っている技能や知恵はそれぞれに違うわけですから、それらを認め合っていくことが、何かの活動や組織を面白くすることだと思います。 最後に、各地域でご活躍されているみなさん方のご健勝と、それぞれの地域と全国農民連の発展を、心からご祈念申し上げまして、長い報告を終わらせていただきます。
(新聞「農民」1999.9.20付)
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[1999年9月]
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