乳価引き上げは待ったなし!
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農水省は今年5月、バターを1万トン、追加輸入をすると発表しました。でも思い返せば、昨年の秋にも、2012年にもバター不足が騒がれたはず…。なぜバターが消えるのか?――TPP参加反対の論客として知られ、畜産問題にも詳しい東京大学大学院の鈴木宣弘教授に、話を聞きました。
にもかかわらず、十分な乳価の引き上げが行われず、酪農家は再生産可能な所得が確保できない厳しい状況が続いています。その結果、酪農家の離農や規模縮小が続いているのです。
10年ほど前までは離農する中小規模の酪農家がいても、残った酪農家が規模を拡大して、総生産量は維持されるか、増加していました。しかし最近は、残った酪農家も離農した酪農家の生産量をカバーしきれず、生乳(搾ったままのお乳)の総生産量が減ってきているのです。
牛乳・乳製品は、保存性の低いものから順に必要な量を確保していきますので、まず確保されるのが飲用乳(牛乳)です。需給調整は一番保存性があるバターと脱脂粉乳でするので、生乳生産量が減ると、バターの不足から起こってくるわけです。このまま酪農家が減り、生乳生産量が減れば、バターどころか現在はすべて国産の牛乳まで足りないということになってしまいます。
しかし、政府は酪農の危機を認識しながら、本当に必要な対策は何も打ち出していません。今こそ抜本的に政策を変えなければなりません。
一つは、加工原料乳(バターや脱脂粉乳などの乳製品の原料となる生乳)への補給金制度の問題です。以前は、生産コストに見合う保証価格があって、取引価格との差額を補償する不足払い制度になっていました。ところが2000年の制度「改正」によって、飼料高騰などの生産コストの上昇をほとんど反映しない、固定的な補給金制度にされてしまったのです。これを再生産可能になるよう、生産コストとの差額を伸縮的に補てんするしくみに戻すべきです。
しかし今では、それだけでは不十分です。いま生産量の減少が深刻なのは都府県で、都府県の9割は飲用乳だからです。加工原料乳だけでなく、飲用乳も含めた再生産可能な、農家の所得を十分に確保できる全体的なしくみが必要です。これが二つ目です。
こうしたことは他の国ではちゃんとやっています。アメリカでは、政府が市場価格をもとに加工原料乳の乳価を決め、さらに飲用乳は2600もある郡ごとに定めたプレミアムを加算し、最低支払い義務乳価としてメーカーに命令するしくみになっています。しかしこの制度だけでは2008年の飼料高騰に酪農家が対応しきれなかったので、さらに2014年の農業法で、飲用、加工用を含めて酪農家の最低所得を補償する完璧な制度を確立しています。
さらに三つ目には、需給調整機能として、乳製品がある程度の低価格にまで下がったら、政府がバターなどの余剰乳製品を買い取り、最低限の価格を支えるしくみも必要です。これもアメリカもカナダもEU(欧州連合)もみんな持っているのに、日本だけは1970年ごろにやめてしまいました。
牛乳・乳製品に限らず、農産物はみな共同販売することで、買い叩きから守られ、独占禁止法からも適用除外となっているわけですが、いま「農協改革」やTPPをめぐる議論のなかで、この農家の共同販売に「独禁法を適用させろ」という意見が出されています。これは、農家に共同販売をやめろというもので、農家の分断が進み、ますます買い叩かれてしまう、とんでもない議論です。独禁法でいえば、スーパーの不当廉売や優越的地位の濫(らん)用こそしっかり取り締まるべきであって、話がまったく逆です。
カナダでは、酪農家の結束力を守るために、すべての酪農家がミルクマーケティングボードという組織を通じて販売しなければならない制度になっています。そうやって生産者の取引交渉力を守っているのです。その結果、カナダの飲用乳価は1リットル300円もしますが、消費者は「ホルモン剤を使用したアメリカ産の牛乳は飲みたくない。カナダの酪農を守りたいから、高くてもいい」と言っています。
日本のように、しわ寄せが酪農家に押し付けられることが続けば、気がついたときには酪農家がいなくなるということを、消費者も考える必要があります。
欧米では、酪農をはじめ農業は電気やガスと同様に「公益事業」と位置付けられ、必要なときに、必要な量を供給できなければ、国民を守れない、だから外国に依存してはいけない、との考えが浸透しています。農業予算を「農家を保護する」だけととらえず、「国民の食糧をどう確保するか」という位置づけでとらえることが求められていると思います。
[2015年7月]
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