世界遺産の富岡製糸場
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1872年(明治5年)に、明治政府が設立した官営の器械製糸工場。フランスの製糸技術を導入した日本初の本格的な製糸工場で、当時は世界でも最大規模を誇った。1893年に三井家に払い下げられ、原合名会社、片倉工業(株)と経営が引き継がれ、1987年に操業を停止。
田島弥平は、通風を重視した蚕の飼育法「清涼育」を開発し、近代養蚕のいしずえを築いた養蚕農家・蚕種(さんしゅ。蚕の卵のこと)製造業者。清涼育をしやすいよう、屋根に通風用の越屋根(やぐら)を取り付けた住居兼蚕室の建築構造は、近代養蚕農家の原型となっている。
養蚕技術をさらに改良し、通風と温度調節を調和した飼育法「清温育」を、創始者の高山長五郎が明治16年に確立。高山社(たかやましゃ)は、養蚕教育機関として全国に技術者を輩出した。
標高840メートルの山間にあり、岩のすき間から噴き出す自然の冷気を利用した蚕種の貯蔵施設。蚕種を冷蔵することで、ふ化時期を調整することができるようになり、それまでは年1回だった養蚕が、複数回行えるようになった。明治末期から昭和初期まで利用された。
[2014年9月]
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