「農民」記事データベース20090727-886-08

若者が戻ってきた 農業で地域が元気に(2/3)

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京都・舞鶴

農業青年〈若い衆でやろかい〉が活性化の担い手

夏祭りなど復活 研修生に独自の生活支援金

画像 高齢化や離農などにより中山間地集落の過疎化が急速に進んでいます。京都府舞鶴市の中心街から車で30分ほどの西方寺(さいほうじ)地区(05年現在34戸)では、遊休農地の農作業を青年に委託するなかで、農業青年グループが新たに結成され、新しい就農者の受け皿になっているほか、地域の働き手、担い手として活躍しています。

 耕地2haのうち半分を引き受け

 グループの名前は「若い衆でやろかい」(以下「若い衆」)。2002年に、西方寺平集落で米農家の霜尾喜三さん(31)、ブドウ、ナスなどを作る添田潤さん(31)ら3人により結成されました。

 きっかけは、西方寺から車でさらに30分のところにある長谷(ながたに)集落からのSOS。長谷は当時、9世帯14人が住み、うち70歳以上が10人を占める高齢化した村でした。「年で稲刈りもできんようになったんで、やってくれんか」との依頼に「どうにかしてやらなあかん」(添田さん)と、小豆栽培やビニールハウスの建設などを請け負い、長谷の耕地2ヘクタールのうち1ヘクタールを引き受け、時給1200円の受託作業でした。

 そんなとき青年たちで「村の消防団は、みんな高齢でやめていく。おれたちの後ろには誰もいない。若い人を入れなあかんな」と相談していました。青年でも安心して就農できるようにしようと考えたのが「若い衆」独自の1年間の研修制度です。長谷の空き家を借り、研修施設として活用します。受託作業費を元手に「若い衆」が月1万円の家賃補助と生活支援金6万5000円を研修生に支給。農業技術は、「若い衆」と地元の農家が伝授します。

 その間、仲間も増え、受託作業も軌道に乗ってきました。その収益でパワーショベル、草刈り機、小豆用のは種機を購入しました。青年たちは自らの経営に加えて、他集落での受託作業に「休みがなくなったなー」と顔を見合わせます。

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舞鶴の農業の将来を語り合う(左から)小杉市議、添田さん、霜尾さん、石束会長

 若いエネルギー加わることで…

 「若い衆」はいま、18世帯約20人からなるグループに。05年には、西方寺平集落で17年ぶりに赤ちゃんが生まれ、現在まで8人の赤ちゃんが誕生。12月にはさらに3人増える予定です。

 若いエネルギーが加わることで、夏祭りが復活し、いかだ下りレース、ライブコンサートの開催など村が活性化しています。

 霜尾さんと添田さんに「農業を続けていくうえで困難なことは」と聞くと、イノシシ、シカなどの鳥獣被害で、「小豆が全部食べられてしまった」ことも。

 さらに霜尾さんが「米価が原価割れしてたいへん。なぜ安くなったのか」と疑問を投げかけると、農業委員で市議(日本共産党)の小杉悦子さんは「大手量販店の買いたたきとミニマムアクセス米が米価を押し下げています」と答えました。添田さんは「水田が日本の風景や環境を支えている。やっぱり日本人は米を作らなあかん」。

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「若い衆でやろかい」のメンバー

 ヤングパワーが行政を動かす

 2人は村の将来について、「人が入らないと村は死んでしまう。いつまでも続いてほしい」と思いを語り、「農業で生活できるようにすることと住居を確保することがおれたちの役目」と言います。

 さらに、これから新しく就農しようとする人には「失敗も成功も自分のものになる」(添田さん)、「失敗8割、成功2割が農業」(霜尾さん)と説き、「覚悟をもって就農してほしい」とエールを送ります。

 市農業委員会会長で農民連会員の石束輝己さんは「地域を活性化しようとしてきた彼らが、いま行政を動かしています。彼らの要求を聞きながら、さらに応援していきたい」と期待を寄せています。

(新聞「農民」2009.7.27付)
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2009年7月

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