「農地と地域農業守る」特集 農業委員会―各地のとりくみから―
農業委員選挙に初挑戦「農家の声を実現したい」秋田県大曲市 佐々木肇さん前回まで七つの小選挙区制だったのが、全市一区の選挙戦となった秋田県大曲市の農業委員選挙(定数十七)。そこに、大曲農民組合代表の佐々木肇(はじめ)さん(59)が初めて、日本共産党公認で立候補します。
都会の子どもたちを受け入れ「父さんの肇さんはすごくおしゃべりで、楽しい人で、飼っていた犬が死んでしまうと三日間も御飯が食べられないという、やさしい人です」農業体験でやってきた高校生たちが、模造紙に書き残していった「佐々木さんの家族紹介」の一節です。 五月下旬のある日、横浜の市立宮田中学の生徒たち三十一人が、田植えの体験にやってきました。農民連のお父さん、お母さんたちの手ほどきを受けながら、ぬかるむ田の中に素足を入れて苗を植える子どもたちの表情は、明るく真剣です。 大曲市の農民連は、こうして年に三回は都会の子どもたちを受け入れています。 「農業の本当の姿に触れてもらう。この子たちが将来、日本の農業のセールスマンになって広めてくれることを期待しているんです」 肇さんの愛嬌に富んだ目は、とてもうれしそうです。
よろこんでもらえることが肇さんは、若いときは農業が大嫌いでした。親たちの農業への取り組みを見ても、生活できる収入はありません。実際、自分で始めても、苦労の割には見入りの少ない仕事です。“農家を見捨てて外へ出る”というのが、若い頃は流行みたいなものでした。肇さんも、トラックの運転手を始めます。それでも父親が亡くなると、「母親と女房の二人では、畑作はやっていけないな」と思わざるをえません。二十九歳のときでした。 「子どもも二人いて、育てなければと無我夢中でした。“自分の家”という思いも頭のどこかにあったんでしょうね」。肇さんは、そう当時を振り返ります。 そんな肇さんが農業の魅力にとりつかれるきっかけは、産直でした。 「私たちは、作ってこそ農民というが、作ったものをPRして消費者に買ってもらう喜び。自分で作ったものを消費者と対話しながら評価してもらう。『いいものだ。おいしい』といわれたときは、言葉で表せられないくらいうれしい」 市場に出荷してお金をもらう。ただそれだけでは、苦労をいとわず働けなかったのではないか。自分の胸に描いた作物ができたときの喜び。それが肇さんを、野菜作りのとりこにしました。
土作りを大切にする農業農協や資材屋がやる講習会にも何度か顔を出しましたが、それは農薬や肥料を大量に使わせるためでした。ある雑誌で「農家は田んぼや畑にお金を捨てている」という記事を目にします。その一言でした。それまで百入れていた肥料を五十、三十、ゼロ――としてやってみて、効果はほとんど同じ。自分なりに土作りを大切にする“昔の農業”をやってみて、無農薬栽培にたどりつきます。そのおかげで借金はなくなった、といいます。 「父は、一つのものを完成させると、また上をめざす。常に上昇志向があって、立ち止まらない人です。僕は一つのことをやりとげると、そこであぐらをかきがちだから、父を学ばなければと思っているんです」(三男の敦史さん=25) 肇さんは「農村にとって一番大きな問題は、減反です。大曲は、秋田でも米の主産地。減反でいかに農業が疲弊していったか。運動を強めていきながら、農民の要求を一つ一つ実現できるようにしたい」と、大曲の農業の行く末に思いを巡らせています。
大曲農民連産直部長の佐々木一郎さん(50)の話
農民連会員が会長に岡山県有漢町有漢町は岡山県中部に位置する人口約三千人の純農村です。多くの人が水島工業地帯に通っています。同町の農業委員選挙(定数十三人)が二月に行われました。農民連会員の東森(とうもり)邦男氏(65)と藤森輝夫氏(66)が無投票で当選しました。二人とも日本共産党公認です。 三月の農業委員会の初会合で会長選挙が行われ、東森氏が会長に選ばれました。 (農民組合岡山県西連合会 黒岡秀幸)
(新聞「農民」2002.6.10付)
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[2002年6月]
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