もしそのとき日本の農業・農民は……まさに国民総動員体制の戦争法案(1)「日本を守る」とは無関係に、アメリカが起こす無謀な戦争に日本が自動的に参戦し、自衛隊だけでなく地方自治体も民間人もふくめた総動員体制をつくる――これがいま、政府・自民党が国会で成立をめざしている「日米防衛協力」のためのガイドライン法案です。憲法を真っ向から踏みにじり、日本を再び戦争への道に引き込もうとする21世紀の命運にかかわる重大な法案は、私たち農民にとっても決して無関係ではありえません。
朝鮮戦争時の悪夢再び…。強制供出、武装米兵が農民を威嚇証言/萩原保雄さん(神奈川・愛川町)
■カービン銃突きつけ農民を脅す役場から連絡を受けて広場に集まり、ジープの下敷きになってもと、待機した三十人程の農民を前に、米兵は銃を向けて脅し、通訳が「割当の麦を供出しなければなにが起きるかわからない」といいます。米兵を先導してきた厚木警察署の警官も「反対するものは逮捕するぞ」と、農民を威嚇しました。当時、村の食糧調整委員で現在も愛川町農業委員を勤める萩原保雄さん(76)は、昨日のことのようにこう語ります。
■新農基法はガイドラインの農業版「農家は麦を食べ、米を売って暮らしていたが、その年は赤サビ病が大発生し、麦は収穫皆無の状態。食べる分もないのに”割当てどおりの供出をせよ”と、米軍、県、郡、村、農協を通じて言ってきた。いくら割当てと言っても無いものは出せないと拒否したら、米軍のジープがやって来た。それ以来、五十戸ある農家が毎晩集まって相談の末、農協から借金し、トラック二台分の麦をよそ村からヤミで買い集めて、やっと納めた。あの苦い経験はけっして忘れない」。 こうした米軍による強制的なジープ供出は、全国各地の農村で行われましたが、これは朝鮮戦争で米軍の兵站基地となった日本から出撃するアメリカ軍への食糧調達だったわけです。 いま政府が国会に提出している新農業基本法案の第二条と第十九条には、「国は、不測時において、食料を確保するため、食料の増産や流通の制限その他必要な施策を講ずる」と明記しています。 これはまさにガイドラインの農業版です。ガイドライン関連法案である「日米物品役務相互提供協定改定案」のなかには、日本が米軍を支援する十七分野の冒頭に「食料、水」の提供をあげ、「有事法制」の研究では、徴発できる物資として「食糧、加工食品、飲料」を考えていると、国会でも答弁しています。 ■命令一本で作付変更や生産禁止もまた「不測の事態」での食糧増産とは、田宮虎彦の小説「花」にも出てくるように第二次大戦の末期、農林省は食糧増産のため「花禁止令」(「園芸作物の栽培制限、禁止令」)を出し、サツマイモやカボチャを作るよう指示しました。このため千葉県では房総地方での花つくりや特産の落花生、お茶までが禁止されました。その一方、食料は配給制となって消費者はサツマイモばかり食べさせられたのです。
突然、実戦さながらの砲爆音。平和な牧場大パニック証言/岩崎春江さん(北海道・別海町)
■わがもの顔でのし歩く米海兵隊員日本一の酪農の町、北海道東部別海町。一面の牧草畑に牛の群れが転々と続く、静かで美しい町です。その静寂を破って突如響きわたる砲撃音。中標津の民間空港に降り立ったアメリカ海兵隊は迷彩服に銃を肩にかけ、農道には装甲車や軍用トラック、公安警察の車が行き交う。広い演習場内では海兵隊が実戦さながらの実弾砲撃演習一昨年の九月、自衛隊矢臼別演習場でくり広げられた日米合同演習の模様です。米軍は地元との約束も守らず一方的通告で夜間にも演習、迷彩服で辺りをウロウロ、演習期間も勝手に延長…ここに日米ガイドラインの姿が先取りされています。
■住民の反対の声も無視して強行矢臼別の合同演習は一九九五年に日本政府がアメリカ海兵隊の沖縄からの本土移転先に提起したのをきっかけに始まりました。別海町の町民は揺れました。海兵隊はまっさきに攻撃を加えるための”殴り込み部隊”です。「沖縄の悲劇が自分たちの身の上に」「治安が悪くなって安全に子供を育てられない」…「米軍は来るな」の声が日々強くなっていきました。しかし、町議会は、二度の住民過半数の反対署名を無視して、交付金や補助金とひきかえに受入れを強行採決。新ガイドライン法案でいう自治体の「協力」とは「強制」となんら変わらない事実がここにあります。 ■通行制限や農作業妨害なども続出実際、演習中には、約千人の機動隊のほか防衛施設局、公安警察などが動員され、「治安維持」と称して町の公民館や体育館からも町民がしめ出される事態になったのです。演習場は、周囲一面にひろがる酪農家にも大きな影響を与えています。砲撃音に脅えた牛が有刺鉄線を突き破って逃走したり、パニックを起こして暴走したり。演習場近くの農道は駐車禁止区域にされ、牧草の収穫に追われる酪農民の車の通行制限や、作業を妨害しています。乳価が切り下げられるなど年々酪農経営が厳しくなるなかで、防衛施設局は周辺農家の移転・離農、演習基地拡大すらねらっています。 「米軍くるな女性の会」の岩崎春江さんは言います。「お金ではないんです。何もいらない、ただ毎日を平和に、牛飼いを続けて、子供を育てたいだけなんです」と。 同様の合同軍事演習は、王城寺原演習場(宮城)、北富士演習場(山梨)、東富士演習場(静岡)、日出生台演習場(大分)でもすでに何回も行われています。国をあげての戦争協力をうたう日米新ガイドライン法案が通ってしまったら、すでに矢臼別演習場で起こっていることが、日本中の農村で日常茶飯事になってしまうのです。
空港・港湾も米軍管制下に。輸送ストップ、阪神大震災と同じ事態に証言/大木稠弌さん(兵庫・氷上町)
民間の空港や港湾が米軍に使われたらどうなるでしょうか―人や物の動きは制限され、食べ物が消費者の手に届かないということも起こりえます。 「まさか…」と思うかも知れませんが、米軍に使われる空港・港湾は一つや二つではありません。米軍は「朝鮮有事」を想定して、それぞれ十一の民間の空港と港湾(図)の使用や米軍の管制下に置くことを要求し、日本政府もそれを検討していたのです。 農業ではとりわけ、飼料のほとんどを外国に頼っている畜産への影響が大きいと考えられます。四年前の阪神・淡路大震災を体験した兵庫の酪農家・大木稠弌さん(氷上農民組合長)は、神戸港からの輸入がストップして「あっちこっちから回してもらうのにそれは大変だった」と実感込めて言い、その余波で北海道でも乾草の値段が上がりました。神戸港一つでそうですから、いくつもの港で民間の船舶が締め出されることになったら、その影響は計り知れません。 仮に輸送船が積み荷を降ろせずに一日沖合で待機するとしたら、その経済的損失は数千万円。別の港から運ぶにしても運賃はエサ代に跳ね返ってきます。それも「米軍への協力だ」として、負担させられるのはまっぴら御免です。
(新聞「農民」1999.5.3付)
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