「農民」記事データベース20210329-1450-02

政府買い入れ行い、人道支援に回せ

国民の命と農業生産の両方が守れる

関連/米危機打開3・19緊急中央行動
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東京大学大学院 教授
鈴木宣弘さん
寄稿

 発想の転換が必要だ。米は余っているのでなく、実は足りていない側面がある。コロナ禍で米需要が年間22万トンも減って、米余りがひどいから、米を大幅に減産しなくてはいけないというのは間違いである。米は余っているのではなく、コロナ禍による収入減で、「1日1食」に切り詰めるような、米や食料を食べたくても十分に食べられない人たちが増えているということだ。そもそも、日本には、年間所得127万円未満の世帯の割合、相対的貧困率が15・4%で、米国に次いで先進国最悪水準である。

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米価危機打開3・19緊急中央行動でリモート発言する鈴木教授

 潜在需要はあるのに、顕在化できない。そして、米在庫が膨れ上がり、生産者米価の下落が加速している。主食用の大幅な減産要請の中で、次に少しでも価格的に有利な備蓄用米の枠を確保するため、JA組織も安値でも入札せざるをえない苦渋の選択を迫られた。こうした状況下で、米農家に支払われるJAの概算金は1俵(60キロ)1万円を切る水準が見えてきている。1万円を下回りかねない低米価が目前にみえてきているのに、政策は手詰まり状態で、事態は放置されている。どんなにがんばっても米の生産コストは1万円以上かかる。このままでは、中小の家族経営どころか、専業的な大規模稲作経営も潰れかねない。

米余りは間違い、実は足りない

 米国では農業予算で消費者支援

 消費者を助ければ、生産者も助けられる。それこそが政府の役割である。米国などでは政府が農産物を買い入れて、コロナ禍で生活が苦しくなった人々や子どもたちに配給して人道支援している。

 米国では、トランプ大統領(当時)が2020年4月17日、コロナ禍で打撃を受ける国内農家を支援するため、「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(CARES法)」などに基づき、190億ドル規模の緊急支援策を発表した。このうち160億ドルを農家への直接給付に、30億ドルを食肉・乳製品・野菜などの買い上げに充てた。補助額は原則1農家当たり最大25万ドルとした。農務省は毎月、生鮮食品、乳製品、肉製品をそれぞれ約1億ドルずつ購入し、これらの調達、包装、配給では食品流通大手シスコなどと提携し、買い上げた大量の農畜産物をフードバンクや教会、支援団体に提供した。

 そもそも、米国の農業予算の柱の一つは消費者支援、低所得層への食料支援策なのである。米国の農業予算は年間1000億ドル近いが、驚くことに予算の8割近くは「栄養(Nutrition)」、その8割は「Supplemental Nutrition Assistance Program」(SNAP)と呼ばれる低所得者層への補助的栄養支援プログラムに使われている。なぜ、消費者の食料購入支援の政策が、農業政策の中に分類され、しかも64%も占める位置づけになっているのか。この政策の重要なポイントはそこにある。

 生産者と消費者両面支援充実を

 つまり、これは、米国における最大の農業支援政策でもあるのだ。消費者の食料品の購買力を高めることによって、農産物需要が拡大され、農家の販売価格も維持できるのである。経済学的にみれば、農産物価格を低くして農家に所得補てんするか、農産物価格を高く維持して消費者に購入できるように支援するのか、基本的には同様の効果がある。米国は農家への所得補てんの仕組みも驚異的な充実ぶりだが、消費者サイドからの支援策も充実しているのである。まさに、両面からの「至れり尽くせり」である。

 人道支援のための米の買い入れを

 なぜ、日本政府は「政府は米を備蓄用以上買わないと決めたのだから断固できない」と意固地に拒否して、フードバンクや子ども食堂などを通じた人道支援のための政府買い入れさえしないのか。メンツのために、苦しむ国民と農家を放置し、自助と言い続け、国民の命を守る人道支援さえ拒否する政治・行政に存在意義があるのかが厳しく問われている。

 いや、備蓄米のフードバンクなどへの供給はしているという。しかし、その量は1つのフードバンクにつき年間60キログラム、規模の大きいフードバンクでは1団体が提供する米の1日分にも満たないという。

 およそ140団体が受け取っており、全体で100万トン規模の備蓄米のうち、提供量は最大でも10トンに満たないとみられる(ロイター通信、2月9日)。

 コロナ禍で飼料不安が高まって

 これでは焼け石に水である。ちょうど、日本農業新聞に筆者の指摘が掲載された日の国会で、農水大臣が備蓄米の活用を拡大すると表明したが、抜本的な対策とは言えない。制度上の制約というなら備蓄制度の枠組みでなく人道支援の枠組みをつくればよい。

 法律・制度は国民を救うためにあるはずなのに、この国は制度に縛られて国民を苦しめてしまう。東日本大震災のときの復興予算さえ、要件が厳しすぎて現場に届かなかった。財政当局はわざと要件を厳しくして予算が未消化で戻ってくるように仕組んでいるとさえ聞いたが、それでは人間失格であろう。

 しかも、日本では家畜の飼料も9割近くが海外依存でまったく足りていない。コロナ禍で不安が高まったが、海外からの物流が止まったら、肉も卵も生産できない。飼料米の増産も不可欠なのである。さらに、海外では米や食料を十分に食べられない人たちが10億人近くもいて、さらに増えている。

 食料こそ命守る安全保障の要

 つまり、日本は米を減産している場合ではない。しっかり生産できるように政府が支援し、日本国民と世界市民に日本の米や食料を届け、人々の命を守るのが日本と世界の安全保障に貢献する道であろう。

 某国から言いなりに何兆円もの武器を買い増しするだけが安全保障ではない。食料がなくてオスプレイをかじることはできない。農は国の本なり。食料こそが命を守る、真の安全保障の要である。国民みんなから集めたお金、税金は、国民みんなの命を守るために還元されなくてはならない。

(新聞「農民」2021.3.29付)
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2021年3月

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