「農民」記事データベース20170522-1263-07

収入保険は役に立つのか?
〈上〉

今こそ本物の価格保障を

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 収入保険制度を新たに作り、農業共済制度を改定するための「農業保険法」案が国会に提出されています。アメリカにならって「農業収入の減少に伴う農業経営への影響を緩和する」というフレコミですが、はたしてそうなのか、2回に分けて検討します。(詳しくは、農民連ブックレット『ストップ! 日米FTAと「安倍農政改革」――私たちの提案』をご覧ください)


価格保障を崩す日本
強化するアメリカ

生産費を償わず、農業経営は「底無し沼」に

 収入保険制度は、農産物の販売価格の下落や災害によって、ある年の収入が基準収入の9割を下回ったときに、下回った額の8割〜9割を補てんする仕組みです(図1)。政府は、法案を今国会で成立させ、2019年からスタートさせるとしています。

 はたして、これはバラ色の制度でしょうか?

 結論からいうと、第1の問題は、農産物価格が下がったり、災害などによって、収入が基準収入以下になった場合に補てんする保険制度にすぎないことです。「基準収入」は過去5年の平均収入であり、生産費を償っているかどうかは全く考慮されていません。従来の価格保障や戸別所得補償が、生産費を償うことを考慮していたのとは大違いです。

 第2に収入が減れば、それにつれて基準収入も下がり、補てん後の収入も所得も下がり続ける「底無し沼」の制度です。

 第3に、従来の価格保障や戸別所得補償は農家の負担はゼロでしたが、収入保険は農家に高額の掛け金を求めます。

 第4に、加入対象は42万戸、2割弱の青色申告者だけです。

 第5に、農業共済と統合することによって、災害補償が危うくなる可能性があります。

 一言で言って、農家は途方もない掛け金を負担したうえで、どこまで下がるか分からない下りのエスカレーターに乗せられるようなものです。もう少し具体的に検討しましょう。

 (1)「岩盤」なしの収入保険、生産費を償う気はさらさらない

 政府は、アメリカにならって収入保険制度を導入するとしています。

 しかし、これはごまかしです。次の号で紹介するように、アメリカでは生産費を基準にした基準価格と市場価格の差額を支払う政策(不足払い制度)を実施し、その「岩盤」の上に収入保険制度があります。アメリカの農家は、どんなに価格が下がっても、自己負担なしで生産費がほぼ償われます。

 一方、日本の収入保険は、生産費を償うことを全く度外視した「岩盤」なしの収入保険です。

 収入保険の補てん金支払いの基準となる基準収入は農家ごとの過去5年間の平均収入で、当年の収入が基準収入の9割(補償限度額)を下回った場合に、下回った額の9割(支払率)が補てん金として支払われます。

 *補償限度額と支払率は、9割を上限に、農家が選択。9割×9割の場合、基準収入の81%が補てんされるにすぎず、8割×8割を選択した場合、64%しか補てんされません。

 1990〜2015年の26年間で、米価が生産費を上回ったのはわずか8年にすぎません。このように慢性的な採算割れ状態から計算される「基準収入」の6〜8割しか補てんしない収入保険が「農業経営への影響を緩和する」などとは、とうてい言えません。

 肉用牛・豚の経営安定事業(マルキン)は、粗収益が生産費を下回った場合、差額の8割を補てんしています。新制度を作るというのなら、こういう現存の制度を改善して農畜産物全体に拡充すべきです。

 (2)市場価格・収入が下がれば、所得は底無しに下がり続ける

 しかも、米価は1993年の2万2760円をピークに、多少回復した2015年の1万2121円へと、47%も下がっています。さらに政府は“競争力を強化する”といって農産物価格を下げることをねらっています。

 こういう状態が続くとどうなるか――。

 図2は、基準収入が毎年5%ずつ減収した場合の収入保険の“暗黒の未来図”を試算したものです。基準収入1000万円というれっきとした大規模経営が、収入保険の補てんを受けたとしても、所得は7年後にほぼ半減し、経営破たんしてしまうことになります。

 生産費を償うという「岩盤」なしの収入保険が、経営安定には全く無力であることは明らかです。

 (3)水田活用交付金は収入保険の対象にしない

 収入保険には、もう一つ重大な欠陥があります。収入保険の対象は作物収入であって、農業粗収益でも農業所得でもありません。

 7〜10ヘクタール水田主業経営の場合、補助金を含む農業粗収益は1673万円ですが、作物収入は1054万円、コストは1055万円で、農業所得は618万円、補助金619万円です(表1)。

 農水省は「補助金は政策判断で改廃されるものであり、保険にはなじまないから、販売収入には含めない」と、冷たく宣告しています。要するに、飼料用米助成を含む水田活用直接支払交付金は、これがなくなったとしても収入減少として扱わず、収入保険の対象にしないというのです。

 図2の試算では、25年の農業所得は317万円。仮に補助金が半分になった場合、7〜10ヘクタールという、れっきとした大規模経営の農業所得はゼロになる計算です。“水田農家には、収入保険に入ってもらわなくても結構だ”と宣言しているのに等しいと言わなければなりません。

 また、政府は米過剰対策の決め手として、最高10アール10万5000円の飼料用米助成を行っています。これを「政策判断で改廃」するなどと宣言することは大問題です。

(次号につづく)

(新聞「農民」2017.5.22付)
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2017年5月

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