FTA・EPA交渉
パイン パパイヤ マンゴー
沖縄の熱帯果実がつぶされる!!
関税即時撤廃や無税輸入枠設定
日本側が大幅譲歩
関連/自動車業界がタイ首相に圧力
自動車・電機など日本の大企業の親会社とアジアなどに進出した子会社の間の“企業内貿易”の関税引き下げ・撤廃や、日本企業がもっと進出しやすくするための投資ルール整備をねらったFTA・EPA交渉が急テンポで進んでいます。(2面に関連記事)
マンゴーをパインの二の舞いにさせない
工業品売り込みや企業進出の見返り
ことし四月からメキシコとのFTA協定が動きだしたのに続いて、昨年十一月にはフィリピンとの間で大筋合意に達し、タイとの交渉も農産物では合意に達しました。
どの協定をみても、工業製品の売り込みや大企業の進出の見返りに、日本の農産物市場をさらに開放しようというのが最大の特徴です。
そのなかでも、とりわけ目立つのが熱帯果実での大幅譲歩です。メキシコ、フィリピン、タイとのFTA交渉では、パパイヤやマンゴー、ドリアンなど熱帯果実の関税即時撤廃がもりこまれ、パインやバナナも関税撤廃や無税輸入枠設定などのラッシュです(表)。
しかも、こういう譲歩が、あたかも日本農業にはほとんど影響がないかのような説明まで行われています。
美田を強奪された歴史を乗り越えて
しかし冗談ではありません。日本には沖縄・奄美という亜熱帯地域があり、沖縄県を中心に、近年、熱帯果実の生産は急激に伸びているのです。
実は、沖縄の熱帯果実にはかなしい歴史があります。日本共産党衆議院議員であった故山原健二郎氏は「千名の銃剣をもて恫喝し奪いし土地は伊佐の美田ぞ」と歌いました。伊佐(現・宜野湾市)は当時、沖縄最大の美田地帯。米軍によって平場の美田地帯を強奪された沖縄では、農民が北部に追われ、亜熱帯という気象条件と酸性土壌に合う作物としてパインが推奨されました。
しかし、パインの自由化(七一年冷凍パイン、九〇年缶詰)にともなって、ピーク時(六九年)には五千ヘクタール、十万トンに達したパイン生産は、二〇〇三年には六百八十ヘクタール、一万千二百トンに激減しました。この数年、農民連のパイン産直を含めて生鮮パインが脚光をあび、やっと横ばい状態を保っています。
パインに代わるかたちで最近、生産が急速に伸びているのがマンゴーやパパイヤです。また、統計的には「その他の熱帯果実」に含まれて数量を確認できませんが、ドラゴンフルーツやパッションフルーツなど、東南アジアに行かなければお目にかかれなかった果実を沖縄のあちこちで目にすることができます。
とくに「熱帯果実の女王」と称されるマンゴーは千三百トン近い生産量
で、輸入量に対して一二%に達しています(図1、2)。その水準は“もの珍しさ”の域を越えています。その影には、沖縄県農業改良普及センターなどの約二十年にも及ぶ試行錯誤があったといわれています。
熱帯果実の振興は政府のトップ公約
しかも、亜熱帯性気候をいかした果実や野菜の生産振興は、政府の公約でもあります。首相直轄の「沖縄政策協議会」が二〇〇〇年八月に発表した「沖縄経済振興21世紀プラン」は、農林水産業政策のトップに「わが国唯一の亜熱帯性気候地域に位置するという立地を活(い)かし、基幹作物であるさとうきびの生産振興と併せ、野菜、花き、果樹等の特色ある農産物供給基地の形成を推進する」ことをかかげました。
この「沖縄政策協議会」は、九五年九月に起きた本島北部での米兵による暴行事件が圧倒的多数の県民の怒りを買い、九六年九月に行われた県民投票で、九割の県民が米軍基地の整理・縮小を求める意思を表明したのにあわてた橋本内閣(当時)が、同年十月に設置したものです。そして、四年後にようやく「21世紀プラン」が発表されるという経過をたどりました。
FTA交渉の結果は、こういう公約の裏切りです。自由化で、土地の強奪の見返りに奨励されたパイン生産がおしつぶされかけ、今度はFTAで生食パインやマンゴー、パパイヤがつぶされる――こんなことを許してはなりません。
おいしい国産マンゴー作り続ける
東村でパイン、マンゴーを作る大村進さん(70)
パイン生産の激減は、自由化で価格が暴落したため。重労働で安くては、若い人はやりたがりません。マンゴーをパインの二の舞にしたくない。
沖縄のマンゴー生産は三十年ほど前に始まり、今も増えています。高級果実のイメージがありますが冷え込みがないと花が咲かず、花が咲いたら一八度以上でないと結実しないなど、とても作りづらい果実なのです。
そのうえ収穫後の日持ちが悪く、輸入マンゴーは青いうちに収穫され、輸入されます。私たちは完熟してから収穫するので、「味が輸入物と全然違う」と喜ばれています。これからもおいしいマンゴーを作り続けたい。
(新聞「農民」2005.5.23付)
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