「農民」記事データベース20031013-606-05

世界の流れは食糧主権と家族農業

関連/世界の流れは食糧主権と家族農業/決裂したWTO閣僚会議(メキシコ・カンクン)
  /世界の流れは食糧主権と家族農業/総選挙 目前
  /世界の流れは食糧主権と家族農業/日本・メキシコ自由貿易協定

 「カンクンWTO閣僚会議決裂!」。食料・農産品をはじめ世界貿易を牛耳ろうとする先進国と多国籍企業の思惑が、シアトルに続いて打ち砕かれました。その背景となった世界の大きな流れは何か? 日本と国民・農民の進むべき道は?――決裂の決定的瞬間に立ち会った農民連の真嶋良孝副会長と佐藤長右衛門常任委員(秋田県農民連委員長)、全国食健連の坂口正明事務局長に語り合ってもらいました。


決裂したWTO閣僚会議(メキシコ・カンクン)


米・EUに対抗しがんばった途上国

 佐藤 WTO閣僚会議が、現地時間の十四日午後三時に決裂。その瞬間に、私は会議場のコンベンションホールにいた。肌の色の違いを超えて抱き合う人たちを取り囲む報道陣。あの興奮のなかで歴史の歯車が回ったと感じた。六十年の人生のなかで最大の感動を覚えた瞬間だった。

 坂口 僕は、今回の決裂に「やっぱり」という感情もある。WTOは今年に入って、非公式会合を東京、エジプト、モントリオールで三回も開き閣僚会議に向けて準備してきた。ところがうまくゆかず、農業問題をはじめほとんどの課題がカンクンに持ち越されていたからだ。

 恫喝と懐柔で途上国の分裂工作やった米・EU

 真嶋 二日目くらいから会期延長説が流れだし、ひょっとしたらドーハ的なあいまいなまとめ方をするのかなという観測もあったが、それさえも通らなかった。アメリカとEUの「談合案」に対して、共同提案をした途上国グループ「G21」のがんばりが大きい。

 閣僚会議でアメリカとEUは恫喝と懐柔で途上国の分断工作をやった。ところが逆に「G21」にナイジェリアが加わって勢力を増した。これらの国々は思いつきで集まったんじゃない。そこにアメリカやEUの読み違いがあった。

NGO運動の前進示す多彩な企画

WTOの害悪についてお互いに意気投合する

 佐藤 私は、アメリカ・EU提案が通ったら、日本の農業、米作りは壊滅させられる、これはただ事じゃないとの思いでカンクンに行った。だから決裂の瞬間、「たたかいはこれからだ」と、正直ホッとした。

 それから世界の農民とじっくり時間をとって話し合うなかで、食糧主権と家族農業を守ることが世界の主流だとあらためて認識した。WTOによってその国の主食が壊滅させられている現実がある。西アフリカのフォールさんは主食の米生産がWTO協定後、三分の一に減ったという。WTOのもたらす害悪についてまったく意気投合した。

 真嶋 今回、私たちは、フィリピン貧農運動(KMP)、全米家族農業者連合(NFFC)、西アフリカ十カ国の農民組織の連合体ロッパ、メキシコのANECと会談することができた。アメリカのNFFCのジョージ新委員長とキャサリン事務局長は、WTOのもとでの日本の農民の実態について佐藤さんが話すのを大きくうなずきながら聞いて「私たちアメリカの家族経営が置かれている状況とまったく同じだ」と言っていた。

 佐藤 メキシコのビクトル・スアレスさんは、主食であるトウモロコシが、アメリカのトウモロコシによって壊滅させられようとしていると話していた。商社は、わざわざメキシコの収穫期に合わせてアメリカのトウモロコシを輸入して価格を暴落させる。こんなひどいことがやられている。

 真嶋 一トン七十五ドルだったものが、三十五ドルに下がったと言っていた。

 スアレスさんとは昨年六月にローマで出会い、その後、下院議員になった彼が開口一番に言ったのは「北米自由貿易協定(NAFTA)のもとで、わが政府はメキシコに農業はいらないかのような政策をとっている」。私たちも「日本に農業はいらないのか」と言っているが、これと同じ表現だ。

 スアレスさんのANECら十二団体は「農業はもうがまんできない連合」をつくっている。この運動が、メキシコ政府にトウモロコシの輸入をこれ以上増やさないよう約束させ、監視委員会を作らせた。その委員の数を政府と分け合っているという成果をあげている。

 農民からの働きかけで運動の質の高まりが…

 坂口 NGOによる企画の多さ、多彩さも運動の前進を物語っていたと思う。WTOが用意したNGOセンターだけでなく、いろいろな施設を使って、先住民、女性、漁業、森林、環境、種子、消費者、水など、多彩なテーマでフォーラムやシンポジウムが開かれた。

 真嶋 それと、ビア・カンペシーナのイニシアチブが光っていた。農民マーチや様々な集会を成功させ、ビア・カンペシーナが世界の農民組織の中心的な存在だという認識が広がったと思う。

 坂口 ビア・カンペシーナは、労働組合と農民の初めての協議も予定していた。フィリピンKMPのラファエル・マリアーノ委員長も「WTOによって農民もたいへんだが、労働者も被害を受けている。手を結ばないといけない」と語っていた。農民の側からそういう働きかけをやる、運動の質の高まりも感じた。

しまらない日本政府の交渉姿勢

 NGOへの冷たさがきわだった日本政府の態度

 坂口 そうしたNGOに対して、日本以外の国々は大臣が直接レクチャーしている。NGOの力を無視できなくなっていると自覚していた。

 真嶋 日本の大臣が記者会見したのは決裂した時だけだろう。今回も、日本政府のNGOに対する冷たさは際立っていた。

 そもそも日本政府の交渉姿勢のしまらなさは、本当に情けない。つくづく、今の自民党政権では世界の国々から相手にされなくなると痛感した。

 坂口 日本政府がなぜ世界でバカにされているかといえば、原則ではなく、小手先で何でも取りつくろおうとするからだ。本当に多様な農業の共存をはかろうとしているわけでもなく、農業の多面的な機能を尊重しているわけでもない。

 真嶋 外務省のメールマガジンは、閣僚会議の期間中に出た第三次案を「関税の上限設定について、一定の例外が設けられたことは日本等の主張が一部反映された結果」と評価している。日本政府は本音では、あの修正案を飲みたかったのではないか。それで一刻も早く農業を片づけて、経団連が強く望んでいるシンガポールイシュー、とりわけ投資ルールに交渉を進めたかったのだろう。

 食糧主権に命かける途上国の主張の重さ

 日本政府の態度は、農業の問題では食料輸入国の立場で「南」の仲間になったふりをし、工業の問題では「北」の一員として「南」に牙をむく。あるときは動物のふりをし、あるときは鳥を装うコウモリのようだ。

 佐藤 その表現はぴったりだ。日本政府のそういう態度が、世界の国々に見透かされている。

 途上国の主張には、“食糧主権に命をかける”といった重さを感じた。ところが日本政府は、食糧主権をまったく無視している。

 坂口 十一日のブリーフィングで、農水省の課長が驚くべきことを言った。僕が「途上国との溝を埋めながら、日本農業を守るためには、食糧主権を確立していくしかない」と話したのに対して、「食糧主権という言葉は存じ上げません」と答えた。それから、その場が騒然となった。

 真嶋 次の日のブリーフィングにも続きがあって、その課長が「調べてみましたが、英語圏の農業団体や政府の文献にはありませんでした」というから、「アメリカやカナダの農業団体も食糧主権を主張している」と反論した。少なくともFAOや国連人権委員会の文献には、「食糧主権」という言葉があきれるほど使われている。食糧主権を知らないで交渉に臨む資格があるのか。

 こんなことだから、日本が中心になって韓国など九カ国でまとめた修正案は、まったく相手にされていない。そもそもこの修正案は、議長提案の削除すべき所に横線を引っ張っただけで、まったく主張がない。

         □ >>〔次ページ〕

(新聞「農民」2003.10.13付)
ライン

2003年10月

農民運動全国連合会(略称:農民連)
〒173-0025
東京都板橋区熊野町47-11
社医研センター2階
TEL (03)5966-2224

本サイト掲載の記事、写真等の無断転載を禁じます。
Copyright(c)1998-2003, 農民運動全国連合会