「農民」記事データベース20020527-540-02

「戦争は二度とあってはいけない」

千葉県農民連 小林朋子(26)

関連/やっぱり有事法制反対
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  /「戦争は二度とあってはいけない」


 七三一部隊の話は初めて聞きました。「人を殺すための細菌兵器の研究を、なんの疑問もなくできてしまう」――篠塚さんの表情が何一つ変わることなくそう言ったのを見て、戦争は本当に、はかりしれないくらい恐ろしいものだと思いました。

 私の国は、なぜそんなひどいことを、今また繰り返そうしているのか、私には理解できません。七三一部隊の元隊員を戦犯として収監した中国は、残虐な行為をした日本兵に、温かい食事や本、映画を与えたそうです。「どのようなことをした人にも人格がある」と言って。ひどいことをした人にも、家族や大切な人がいます。人を痛めつけるのは、その家族や大切な人を痛めつけることと同じことです。

 怨みを怨みで返していたら、いつまでたっても平和はきません。「怨みに報ゆるに、徳を以てす」(石碑に刻まれた老子の言葉)日本兵にそういう待遇をした中国の人を、私は本当にすごいと思いました。

 その行為をムダにする戦争は、二度とあってはいけない、そう強く感じました。


「有事法制」反対

全国連青年部副部長 石橋 正

 太平洋戦争中、日本軍が他国に行ってきた残虐な行為は、現在に至ってもすべて明らかにされていないと考える。篠塚氏の体験談は、日本軍がやったことの一部にすぎないという。

 人間を人間とも思わなくなる戦争という行為。軍隊教育を受け、殺戮という軍務をこなす。国民が兵士になり、兵士が兵器になり、「お国のため」と死を覚悟し、戦死すれば無意味な階級特進、敵前逃亡はその場で処刑。平和を唱えれば国に虐待される。

 「戦争だ!」と言って、国の一部の者たちによって簡単に事が起きてしまう。虐殺、破壊を繰り返し、相手国が再起不能になるまで陥れる。自分勝手な正義を持ち出し、自分のための栄誉。

 わが国の一部の者たちもそういう栄冠にすがりたいのか、いま国会でとんでもない法案を通そうとしている。同じ国の自衛隊員や国民を「駒」として扱い、戦死すれば「誠に遺憾」とお決まりの言葉を他人ごとのように使う。このような日本になってほしくないため、私は有事法制に反対する。

 「戦争反対」を唱えるだけでなく、過去の出来事を調べて、真実を解明していかなければならないと感じます。年月がたつごとに戦争体験者も高齢になり、貴重な証言が少なくなる前に、私にできることを学んでいきたい。


語り継ぐこと

千葉県多古町旬の味産直センター 徳益友紀子

 私は以前から、先の戦争について、その恐ろしさを超えて、心のどこかで認識しなくてはいけない事実なのだ、と考えていました。恐怖心はやがて人間の愚かさと本質への疑問に変わっていきました。「許せない」から「なぜ」に。答はもちろんわからないまま、その過去を足でたどってゆくだけでした。広島、沖縄、ドイツのダッハウ収容所、長崎……。どこへ行っても意義や望みがなかなか見つかりませんでした。

 そして今回、戦争の当事者である篠塚さんや鈴木さんにお会いして、その言葉一つ一つが口では言い表せない不条理なことのようで、私はただうなずいていました。個人への恨みはないのに、その攻撃対象はいつも個人なのです。逝った人の無念さ、残された人の悲しみ、そして癒えることのない罪悪感。生きる権利をいったい、誰がどんな理由で阻止できるのか、平等に与えられた死にこんな結末があってはならないと改めて感じました。

 いま生きる人が真実を知り、語り継ぐのは勇気のいることで、大きな課題でもあります。どんな光が頭上にあっても、この空の下で起こったことは決して消えない出来事なのです。

 最後に握手した篠塚さんの手は、寒い日にもかかわらず暖かく力強いものでした。

(新聞「農民」2002.5.27付)
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2002年5月

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