全国研究交流集会・特別報告困難な状態から立ち直り「農民」拡大の自主目標達成島根県連/長谷川敏郎
島根県連は、昨日(全国研究交流集会初日の八月二十四日)、新聞「農民」を四部拡大し、七月三十一日の県連総会で決めた自主拡大目標百五十部を達成しました。県連が決めたことをやりきったのはこれが初めてです。この集会で、「新しい時代にふさわしい、新しい組織に作りかえるくらいの努力が求められている」との提起がありましたが、まさにそのことを実感しているところです。 「決定」「テキスト」で方向つかんで実は島根県連は昨年、県連の要となっていた事務局長が急逝し、一年以上にわたって活動がストップ、県連総会が半年以上もずれ込むという困難な状態でした。昨年二月の県連総会を過去最高の参加者で大きく成功させ、「さあ、いよいよこれから」という時に、事務局長を失ったショックは大きく、執行委員みんな「これからどうするんだ」と悩んでしまいました。私自身、県連の事務局がない、執行委員会が開けないという困難さだけが見えて、投げ出したくなるような気持ちの中で、寝ても覚めても悶々とする日々が続きました。 その状態を打ち破ったのは、今年六月の第三回常任委員会の決定と農民連学習テキストです。「あきらめや迷いを振り切って、認識と行動を一致させ一丸となって前進を」との提起は、本当に温かい激励と方向づけでした。 そして六月末の中国ブロック会議。「農業と農民が困難な時、県連総会も開けないようでは、会員、農民への裏切り行為ではないか」という発言を、私は自らの問題として深く受け止め、さっそく翌朝五時半から早朝会議を開き、七月九日の執行委員会と、三十一日の県連総会の開催を決めました。 「新聞は組織者」の役割を実感こうして県連が立ち直っていったのですが、その中で新聞「農民」の果たす役割、力というものが非常に大きいことが確信になりました。県連の活動がストップしていた中でも、新聞が毎週、会員一人ひとりに届き、単組の活動の指針として会員を組織していたのです。新聞のおかげで、いざ立ち上がろうという時に、活動の基盤を崩さずに維持することができました。これには、新聞「農民」の内容そのもののすばらしさとともに、県連の機関紙を担当している若い執行委員の地道な活動があります。彼は昼間、建設会社で働き、病気がちな父親の食事の世話をし、夜、事務所に来て新聞を発送し、請求事務をしてくれていました。 全国の運動に早く追いつきこうしたことを執行委員会で何度も話し合い、それならば、新聞「農民」の拡大を先行した組織づくりをすれば、県連の活動を再建できるし、さらに発展させることができると確認しました。そして県連総会でも、情勢に見合って運動を進めていく一番の近道は、新聞「農民」を先行した仲間づくりだと意思統一し、年内には二百部を達成し、来年はさらに大きな規模で総会を開こうと決めています。全国連の励ましと新聞「農民」の力で、いま立ち直り、新しい方向を開きつつあります。組織的に大きな飛躍をめざす時、現在の会員はすべて幹部です。全会員を対象にブロック別に学習テキストによる学習会運動にとりくみ、今後、一刻も早く二百部の拡大を達成し、全国の運動に早く追いつくようにがんばっていく決意です。
(新聞「農民」1999.9.20付)
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[1999年9月]
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