「農民」記事データベース20231113-1577-07

日本有機農業研究会がセミナー

トリチウム汚染水の海洋放出を考える

「遺伝子組換え食品を考える中部の会」代表
河田昌東(まさはる)さん(分子生物学者)

 日本有機農業研究会の第10回有機農業市民セミナーが10月19日、「福島原発のトリチウム汚染水 問題点と対策について」と題して分子生物学者で「遺伝子組換え食品を考える中部の会」代表の河田昌東さんを講師に迎え、オンライン講演を行いました。要旨を紹介します。


重大なのは遺伝子レベルの汚染

画像  まず、アルプス処理水を「汚染水と言うな」というのは非科学的です。処理をしてもトリチウムが含まれているのだから汚染水です。そもそもアルプス処理された後、他の放射性物質がどのくらいの濃度で含まれるのか、全く公開されていません。

 今回の海洋放出について、ほんとんどのマスコミが「国際的な基準に合致している」と報道しています。しかし、世界の原子力施設のトリチウムの年間処分量(排水量や濃度)はバラバラです。各国が自国の法令を順守した上で、それぞれが「合法」だと言っているだけで基準は存在しません。

 また日本政府は今年6月、IAEA(国際原子力機関)が提出した最終報告書を安全性の大きな根拠としています。しかしその中身は、汚染された魚をどれだけ食べれば年間1ミリシーベルト以下になるのか、ならないのかという議論を徹底的に行っていて一番問題となる、有機結合したトリチウムについてはほぼ触れていません。これでは「安全のお墨付きを得た」とは言えません。

 問題なのは有機結合トリチウム

 トリチウムは水素の仲間です。しかし化学的性質は同じでも、物理的性質は大きく異なります。水素はタンパク質や遺伝子に多く含まれていますが、これらの水素がトリチウムに置き換わったものを「有機結合トリチウム(OBT)」といいます。

 トリチウムは他の放射性物質と異なり、独特の問題があります。半減期(約12年)がくると「ヘリウム3」という物質に変わります。ヘリウムは非常に安定した物質で、他の元素と化学結合できません。だから、生体内に入ったOBTが遺伝子に取り込まれ、そのトリチウムが壊れると遺伝子そのものが壊れることになります。DNAの鎖が壊れる、これが大問題なのです。

 タンク内の汚染水にOBTが存在していることは分かっています。汚染水のOBT濃度を把握する必要があります。

 トリチウム水の生体への影響評価に関する2つの問題点がここにあります。「トリチウムは被ばく線量が小さい」という考えは不十分で、OBTはシーベルトでは評価できません。もう1つ、「トリチウムは体内から容易に排出される」というのも遺伝子への汚染を無視しています。

 なぜ海洋放出にこだわるのか

 汚染水の処理方法について、経産省は2016年に「トリチウム汚染水処理に関して、いまは現実的な方法はない」と結論づけました。しかし処理技術は進んでいます。日本を含む世界中の企業、団体が実用可能な技術を公表しています。

 ではなぜ海洋放出ありきなのか。これは推論ですが、青森県の六ヶ所再処理工場があるからだと思います。あそこがもし稼働したら、福島の海洋放出の20倍以上のトリチウム量を毎年放出することを想定しています。これを処理していたら膨大な費用がかかるため「いま福島でトリチウム処理をしないほうがいい」と判断したのではないか。

 私の結論はまず、いま1日90トンという、新たな汚染水の発生を止めること。次に、個々のタンクでのOBT、その他の成分分析と結果を公表すること。そして具体的な処理をしていくことです。

 核燃料サイクルをあきらめれば、稼働見込みのない六ヶ所の施設も不必要です。今ある高レベル廃棄物の問題も、原発を再び推進すれば廃棄物は増え続けます。エネルギー欲しさに技術が確立していない原子力発電を実用化させたことがそもそも問題です。

(新聞「農民」2023.11.13付)
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2023年11月

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