これでは食料自給率向上も
危機打開もできない
2023年5月29日
農民運動全国連合会会長 長谷川敏郎
農政審基本法検証部会の
「中間とりまとめ」について
(1)これでは直面する危機は打開できない
食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会の「中間とりまとめ」が5月29日に示された。「中間とりまとめ」は、今年2月以降、検証部会に農水省が提出していた基本理念や各分野の施策の方向についての提案を統合したものにすぎない。今日の食料・農業危機を招いた政策のまともな検証も、今後20年間の農業政策の哲学の検討もなく、新農業基本法検討への中間報告の名には値しない。
報告では、現行基本法の考え方、情勢の変化、今後20年の課題が、政策項目ごとにくどくどと述べられている。検証部会で出された意見を踏まえたというものの、農水省提案の枠組みからはずれた意見はことごとく無視され、輸入総自由化からの脱却、自給率向上、価格保障など、危機打開のための切実な課題を棚上げしている。これで直面する危機を打開できるはずはない。
(2)農政の転換どころか、旧態依然の政策に逆戻り
「危機の根源に迫る検証を避け、農政の転換を求める国民の要求を退けて、官邸農政・現行基本法の政策を踏襲するための時間稼ぎをしているのか」という疑念を持って検証部会の過程を見てきたが、「中間とりまとめ」は次のように旧態依然の政策に逆戻りのオンパレードである。
▽生産性の高い農業経営の育成・確保
▽価格保障拒否、市場原理主義の継続
▽輸入の安定確保や備蓄の有効活用
▽農業の輸出産業化
▽デジタル・バイオテクノロジー化による生産性の向上
(3)「自給率向上目標」を消し去るのか
最大の焦点は増産による食料自給率向上と食料の安定供給を国民の権利として実現することであった。ところが「中間とりまとめ」は、▽食料輸入リスクの増大、▽肥料など生産資材の安定供給、▽農業の輸出産業への転換などの「情勢の変化」をあげ、新基本法において自給率指標を格下げし、それ以外の指標を掲げるべきだとしている。しかし、「情勢の変化」と、食料自給率が指標として不適切だということには何の関係もない。これは食料自給率を国民の目から見えなくさせ、低自給率から国民の目をそむけさせる詐欺的手法である。
現行基本法は食料自給率向上目標を定めると規定しているが、これは、政府が提案した法案にはなく、国会修正で盛り込まれた経過が示すように、政府は一貫して「自給率向上目標」に消極的であった。今度は新基本法から「自給率向上目標」を消し去ることを狙っているのかといわざるをえない。
(4)これで「食料安全保障」は実現できるのか
「中間とりまとめ」は「食料安全保障」を実現する手段として(1)物流の改善やフードバンクなどのボランティアによる「食品アクセス」の実現、(2)友好国からの輸入安定と海外備蓄、(3)農業の輸出産業化、(4)あくまで市場原理にもとづく「適正な価格形成を実現する仕組みづくり」をあげている。しかし、これらは技術的・表層的な解決策にとどまったり、輸入途絶の時代に逆行しており「食料安全保障」を矮(わい)小化するものにすぎない。
国内増産と食料自給率向上を抜きにした「食料安全保障」はありえない。「食料安全保障」(食料の供給保障)のためには、(1)生活困窮者を含むすべての国民が、いついかなる時でも安全で栄養豊かな食を得られる経済的・社会的権利を保障すること、(2)価格転嫁にとどまらず、価格保障と直接所得補償(直接支払い)を再建・充実して食料増産を確実なものにするための農民の権利を保障すること、(3)そのためにアグロエコロジーと食料主権にもとづく農業政策への転換が重要である。
(5)食料有事立法は「検討」
食料の有事立法については、さすがに「中間とりまとめ」では具体的に内容を明記できず、「不測時に政府全体の意思決定を行う体制のあり方」や「食料の確保・配分に必要な制約を伴う義務的措置の必要性」を今後検討するとした。
しかし野村農相は記者会見で「基本法見直しの最大のポイントは不測事態だ。法律を制定することが必要だ」と公言している。安保3文書で突破をはかる岸田政権が、突如「食料有事立法」の暴走を始める危険性は残っている。食料有事立法は有害で不必要であり、検討の中止を要求する。
(新聞「農民」2023.6.5付)
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