「農民」記事データベース20230529-1554-07

深刻な酪農経営の赤字解消に向けて
(下)

東京大学大学院 教授
食料安全保障推進財団 理事長
鈴木宣弘さん
寄稿


欧米に学ぶ酪農を守る制度づくり

 カナダやフランスのようなコスト上昇を
 自動的に価格に上乗せする制度の検討

 カナダでは州別MMB(ミルク・マーケティング・ボード)に酪農家が結集しているから、寡占的なメーカー・小売りに対する拮抗(きっこう)力が生まれ、価格形成ができる。カナダではMMBを経由しない生乳は流通できない。そうしないと法律違反で起訴される。それを背景にして、MMBとメーカーはバター・脱脂粉乳向けの政府支持乳価の変化分だけ各用途の取引乳価を自動的に引き上げていく慣行になっており、実質的な乳価交渉はない。

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来訪者に興味津々の子牛

 フランスは、労働者の賃金も、労働法に基づき、2%以上の物価上昇が生じたら自動的に引き上げられることになっているが、農産物の取引価格についても、農家のコスト上昇分を販売価格に反映する「自動改訂」を政策的に誘導するしくみもできている(エガリム2法による)。

 日本でも、以前、そのようなしくみ作りのための算定ルール(フォーミュラ)の検討が「酪農乳業情報センター」(現在のJミルクの前身)で行われたが、小売部門の参加が得られなかったこともあり、とん挫した経緯がある。

 食料・農業・農村基本法の見直しにおいても、今回も検討されているが、そう簡単に強制的なルールが決められるものではないし、それを検討しているうちに、酪農家は赤字で倒産してしまい、間に合いそうにない。

 アメリカの酪農政策との極端な格差

 欧米では、牛乳を守ることは国民の命を守ることである。酪農は世界で最も保護度が高い食料部門だと言われているが、その理由について筆者の米国の友人のコーネル大学教授は、「欧米で酪農の保護度が高い第一の理由は、ナショナル・セキュリティー、つまり牛乳の供給を海外に依存したくないということだ」と言っていた。同様にフロリダ大学の教授も、「生乳の秩序ある販売体制を維持する必要性から、米国政府は酪農をほとんど電気やガスのような公益事業として扱っており、外国によってその秩序が崩されるのを望まない」と言っていた。

 つまり、国民にとって不可欠な牛乳は絶対に自国でまかなうという国家としての断固とした姿勢が政策に表れている。

 アメリカの「乳代―(マイナス)エサ代」補償

 米国では、連邦ミルク・マーケティング・オーダー(FMMO)で、酪農家に最低限支払われるべき加工原料乳価は連邦政府が決め、飲用乳価に上乗せすべきプレミアムも2600の郡別に政府が設定している。さらに、2014年から「乳代―エサ代」に最低限確保すべき水準を示して、それを下回ったら政府からの補てんが発動される、コスト上昇に対応したシステムも完備した。

 生産コストの上昇時には価格を指標にした制度では所得を支えきれないという問題をよりシステマティックに解決するには、全体の政策体系を「販売収入―生産コスト」を支える体系に組み換えるのが合理的だとの結論に至り、それが実現されたのが、2014年農業法(18年農業法でさらに拡充)である。100ポンド(45・36キログラム)当たりの生乳販売収入(乳価)と生乳100ポンドを生産するための飼料コストとの差額=「マージン」が4ドルを下回った場合には、4ドルとの差額を基準生産量の90%について支払う政策を導入した。

 この制度に参加するには、1経営当たり年間100ドル(約1万円)の登録料の支払いのみが求められる。もし、4ドルを超えるマージンを保障してもらいたいならば、その経営者は、4・5ドルから9ドル(当初は8ドル)までの50セント刻みの保障レベルに応じて、追加料金(プレミアム)を支払って、保障レベルを選択できる(詳細は表)。これが「酪農マージン保護計画」(MPP、現在の名称はDMC)である。生乳1キロ当たり約9円で、登録料1万円で、100頭経営で約700万円の「最低所得保障」が得られるイメージである。

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(おわり)

(新聞「農民」2023.5.29付)
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2023年5月

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