「農民」記事データベース20230522-1553-04

核なき世界へ
一歩でも二歩でも

国民平和大行進スタート

関連/平和について話し、被爆の実相を伝えたい


 5月6日、東京都江東区・夢の島にある第五福竜丸展示館前で「2023年原水爆禁止国民平和大行進」の東京―広島コース出発集会が開かれました。450人の市民が集まりました。

 主催者あいさつで、原水爆禁止世界大会実行委員会共同代表の高草木博さんは、今月広島で開催されるG7サミット(主要7ヵ国首脳会議)で、岸田首相が核兵器のない世界に向けてメッセージを発信したい、としていることに言及。「アメリカの核の傘に守られ、自国の軍事費を倍増させようとする中で、実現させることはできない。実際に核兵器を禁止し、なくす努力が必要。平和大行進を通じて、核兵器禁止条約に参加する日本を、という運動と世論を広げよう」と訴えました。

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約1000キロ先の広島へ向けていよいよスタート

 青年、高校生も平和を強調

 連帯のあいさつで、日本青年団協議会の中園謙二会長は、青年団は立場などの違いを超えて中国・韓国・北朝鮮の青年たちと交流してきたと表明。その上で「会話や対話、人と人のつながりの中で平和はつくられると信じている」と述べ、青年は二度と銃を取ってはいけないと訴えました。

 東京高校生平和ゼミナールの高校2年生もスピーチ。ゼミナールの平和旅行で訪れた沖縄・辺野古新基地建設現場での経験を語りました。「座り込みをしている人のお話で『自分たちは敵をつくるためではなく、味方をつくるためにやっている』という言葉がとても印象に残っている。唯一の戦争被爆国の日本が、どの国よりも先頭に立って平和を唱えるべきだと思う」と、自らも引き続き署名運動などに取り組む決意を述べました。

 初日のこの日は、日比谷公園まで行進しました。

 東京―広島通し行進は4年ぶりの開催となります。91日間かけて、8月4日の広島市・平和記念公園を目指して「一歩でも二歩でもごいっしょに」と市民に呼びかけながら歩き続けます。各地の行程は新聞「農民」4月24日号、または「2023年国民平和大行進」ホームページをご覧ください。


平和について話し、被爆の実相を伝えたい

広島・被爆2世通し行進者の
村上厚子さん(67)

画像  今回、初めて東京からの通し行進をします。

 私の父は8月6日の朝、爆心地から1・8キロメートルの横川駅で直爆しました。出兵のあいさつをするため、北九州の訓練所から豊平(北広島町)の実家へ電車で帰る途中でした。ホームのベンチに座っていると、突然周囲が明るくなり「これはただ事ではない」とベンチの下に身をかがめ、爆風を回避したそうです。

 私が小学校高学年の時、初めて父から被爆体験を聞かされました。20代の時、自分が被爆2世であることを意識するようになり、平和大行進のことを知り、父からもっと詳しく話を聞きたいと思うようになりました。

 8人きょうだいの一番上の父は体が頑強だったはずなのに、なぜ終戦直前まで出兵を免れたのか。どこに出兵する予定だったのか。原爆投下後に線路跡を歩いて実家へ帰ったときのこと。聞きたかったことは結局聞けず、今でも悔やまれます。

 私には被爆体験はありませんが、被爆の実相を人に伝えることはできます。それが被爆2世としての責務、というと大げさですが、その思いから広島の平和公園を訪れる修学旅行生への碑めぐりガイドを続けています。

 東京から広島までの道のりで出会う人たちとも、平和について話を交わし、被爆の実相を伝えていきたい。やっぱり戦争はダメだよね、と。

 道中、色々なことが起こると思うけど、広島で待っている仲間の思いも一緒に、楽しんで歩いていきます。

(新聞「農民」2023.5.22付)
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2023年5月

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