「農民」記事データベース20230522-1553-01

深刻な酪農経営の赤字解消に向けて
(上)

東京大学大学院 教授
食料安全保障推進財団 理事長
鈴木宣弘さん
寄稿

 飼料など生産コストの高騰で、全国の酪農家がかつてない経営危機に直面するなか、生産コストを償う乳価や支援の制度をどう実現していくかがいま、鋭く問われています。海外での事例や、日本のあるべき乳価・酪農制度について、東京大学大学院の鈴木宣弘教授に寄稿してもらいました。


戦闘機・トマホークではなく
国民の命守る農水予算の増額を

 生乳1キログラム搾るごとに約30円の赤字をどう補てんするか

画像  中央酪農会議の調査でも85%の酪農家が赤字で、6割が廃業を検討しているとの結果が出ている。千葉県の加藤博昭獣医師らによる調査では、全国酪農家の98%が赤字と回答している。鳥取県の鎌谷一也さんの試算では、酪農家が生乳を1キログラム搾るごとに約30円の赤字が生じているとの数字が出されている。

 飲用乳の取引乳価は昨年11月に10円引き上げられ、8月にも10円上げられる見込みである。加工原料乳は4月に10円引き上げられただけである。

 しかし、飲用乳でみても、30円の赤字のうち、20円が解消されても、まだ、10円の赤字が残る。赤字はどんどん累積していく。あと10円の取引価格の値上げは、消費者には重い負担だ。しかし、生産者はもたない。

 こういうときこそ、そのギャップを埋めるのが政策の役割である。今こそ、政治が動くべきである。1キログラムあたり10円を全酪農家に補てんするすると、

 1キログラム10円 × 750万トン=750億円

 ――である。搾乳牛1頭当たりに換算すると、1頭から年間1万キログラム搾れるとして1頭当たり10万円の支給である。

 差額補てん制度については、「モラルハザード(意図的な安売り)を招くから、結局農家のプラスにならない」との指摘がなされてきたが、だからこそ、1頭当たりの支給の形にすればよいのである。

画像
のんびり反すう中の乳牛たち

 農水予算2・3兆円は少なすぎる

 財務省は「農水予算は2・3兆円という枠があるのだから、そんな金、出せるわけがないだろう」と一蹴してくるだろう。しかし、米国からの戦闘機F35の購入費だけでも6・6兆円(147機)。これに比べても、防衛費5年で43兆円にしてトマホークを買うなら、食料に金をかけることこそ安全保障ではないか。

 また、再生可能エネルギー電気の買取制度による買取総額は4・2兆円(22年度)にものぼる。

 しかしこれによって日本は面積当たり太陽光導入容量が世界1位になっている。太陽光パネルには問題も指摘されているが、ともかく、お金をかければ大きな成果が上げられることは証明されている。

 食料とエネルギーは安全保障の2本柱なのに、農水予算は総額でも2・3兆円しかないのは、再エネ予算に比しても格段に少なすぎる。さらには、昆虫食大推進の機運さえある。

 まともな食料生産を潰して、トマホークとコオロギで生き延びることはできぬ。

 食料安保確立基礎支払いに位置づけて

 今こそ、財務省により枠をはめられ、減らされ続けてきた農水予算の異常さを認識し、「食料安全保障推進法」(仮称)を議員立法で早急に制定し、財務省の農水予算枠の縛りを打破して、数兆円規模の予算措置を農林水産業に発動すべきではないか。

 欧米諸国は穀物や酪農の赤字(販売価格のコスト割れ)を政府が補てんする仕組みを維持している。

 これは、「戸別所得補償制度」のような農家を助ける政策としてでなく、国民の命を守る「食料安保確立基礎支払い」として位置づけて恒久的に導入してはどうか。

 例えば、現在、わが国において、米1俵1・2万円と9千円との差額を主食米700万トンに補てんするのに3500億円(10アール当たり収量を10俵とすると10アール当たり3万円)、全酪農家に生乳キログラム当たり10円補てんする費用は750億円(1頭当たり乳量を1万キログラムとすると1頭10万円)かかるが、この10アール3万円、1頭10万円をベースにして、生産費上昇や価格低下による赤字幅に応じた加算メカニズムを組み込むのである。

 スイスは、憲法改正で、食料安全保障を明記するとともに、「供給保障支払い」をベースになる支払いとして導入した。この考え方が参考になる。

(次号につづく)

(新聞「農民」2023.5.22付)
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2023年5月

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