農業と治水対策を考えるシンポ
優良農地と環境を守れ
埼玉 坂戸市三芳野地域を守る会
突如の遊水地計画に怒り
2019年の台風19号で大きな被害を受けた埼玉県坂戸市三芳野地域では、現在国が進める治水対策事業の一環として、約100ヘクタールの水田の周りに6〜7メートルの堤防で囲った遊水地計画を国土交通省は突如発表し、地元住民や農家の怒りをかっています。
増水時に水田に水が入る危険が
国は遊水地内の水田について「普段は営農して良い」としていますが、遊水地ができることで既存の堤防の一部を低くするため、以前に比べ河川の増水時に水田へ水が入る危険が増します。一度水害により土砂が入ってしまった田畑はそれを復旧し、元の優良農地に戻すのは並大抵のことではありません。長年の有機堆肥の投入によってカブトエビが生息する環境は埼玉県内でも数えるほどです。
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遊水地計画地での稲刈り |
こうした優良農地、環境を守りたいとの思いから今年の1月に「坂戸市三芳野地域の環境と水田を守る会」(以後、守る会、会長・高橋宜子・新日本婦人の会坂戸支部長)を結成しました。
この間、守る会では坂戸市、埼玉県、国交省に遊水地計画の中止を求めて要請を行ってきました。6月13日に行った国交省の要請では地域住民などから集まった約3千の計画中止を求める署名を提出しました。
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計画中止を求めて国交省に要請 |
遊水地に頼らぬ田んぼダム視察
治水対策自体は必要ですが、今でも貯水機能を立派に果たしており、遊水地ではない別の治水方法を探るために守る会は、宇都宮市へ田んぼダムの視察に行きました。
田んぼダムは、水田の排水溝に出口が小さくなった特製の排水調整マスを設置するだけで、豪雨時など水位が上がったときは、一定の水位に達すると自動で排水される仕組みになっており、水田に出向く必要もなく、農家負担もありません。
さらに設置費用は市が全額負担し、あぜ塗り機の導入補助など年間約1億円の予算を投入し、新潟大学とのシミュレーションでは、台風19号で浸水した143ヘクタールが田んぼダムの取り組みにより116ヘクタールと約2割減少するといいます。
農業と治水の両立を
遊水地の問題点 治水方法を提案
こうした思いを地域住民の方に知ってもらいたいとの思いから10月30日、坂戸市内で「農業と治水対策を考えるシンポジウム」を開催し、地元住民など約100人が参加しました。
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遊水地の問題点を語り合ったシンポジウム |
基調報告では元国交省職員の和田幸雄氏が遊水地の問題点、遊水地に頼らない田んぼダムや既存施設を活用した治水方法の提案をし、後半は3人のパネリストから発言がありました。
一人目の原農場の原伸一さんは、地域の担い手として米麦を約120ヘクタール栽培する大規模農家です。原さんは「台風19号で約1億円の被害を受けた。周りの協力を得ながら何とか再建した矢先に遊水地の計画が出てきた。遊水地ができることで以前より川の水が流入する確率が増え安心して営農できない。国の補償もなく土砂撤去も自己負担。治水対策は必要だが国には農業と治水の両立を考えてほしい」と訴えました。
原農場が栽培する小麦「ハナマンテン」を購入している前田食品の入江千賀子常務は「原さんの栽培するハナマンテンは県内や近隣都県のパン屋、ラーメン店で活用され評判を呼んでいる」と紹介する一方、輸入小麦の残留農薬の危険性を指摘し「世界的な食糧危機で小麦の価格が上がっているが、日本の小麦の自給率は極めて低い。今こそ農家を守り国産小麦の増産を」と発言しました。
農業の衰退は自然環境の衰退
野鳥の観察を30年続ける坂戸市の富田恵理子さんは「遊水地計画の周辺には田畑、水路、川、草地、川畔林など多様な環境があり約120種類の野鳥が確認されている。この自然環境は農家の方に維持されている部分が大きく農業の衰退は自然環境の衰退、変ぼうにつながることになる。遊水地計画によって離農につながるようなことはあってはならない」と指摘しました。
会場からは「田んぼダムの取り組みを具体的に市や県に提案しては」「もっと多くの住民に知らせた方が良い」など多くの発言があり、約1時間にわたり意見交換を行いました。シンポジウム終了後には、この問題についてBS―TBS「噂の東京マガジン」の取材をうけ、10月2日に放送されたものを上映しました。
今後も遊水地計画の中止を求め、署名や学習会などを計画しています。
(埼玉農民連事務局長 関根耕太郎)
(新聞「農民」2022.11.28付)
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