参院選の結果と
これからの政治
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神戸女学院大学
石川康宏名誉教授の講演から
日本国憲法を指針に
社会の前向きな改革を
混乱した政治を批判するだけでなく、積極的な改革のビジョンが必要です。指針は日本国憲法です。
「軍事に軍事」では危険が深まる
憲法前文と9条は徹底した平和主義をうたい、その精神を生かした外交、国際関係づくりを求めています。ロシアによるウクライナ侵略については「侵略やめろ」が圧倒的な国際世論です。141カ国の賛成で採択された国連総会でのロシア非難決議は「国家間の法の支配を促進する上で、国連憲章が最も重要であることを再認識」しました。
国連憲章は「すべての加盟国は」「武力による威嚇又は武力の行使」を「慎まなければならない」と9条と深く重なる内容です。ロシアに戦争をやめさせる最大の力は、国連憲章守れの国際世論をさらに大きくしていくことであり、「民主主義と専制主義の対決」といった別の基準を持ち込むことは余計な分断を生むだけです。
日本政府は「ウクライナは明日のアジアだ」として「軍事には軍事で」という態度をとっています。非常に危険です。上海や北京に届くミサイルを開発・配備する「敵基地攻撃能力」の増強は、中国の反撃の構えと能力の増強を招き、日本をさらに危険にさらします。
「包摂」の姿勢によるASEANの実績
その点ではASEAN(東南アジア諸国連合)の取り組みが教訓的です。ASEAN10カ国は互いに絶対に戦争をしない友好協力条約(TAC)を結び、世界に広げ、さらにASEANと条約を結んだ各国同士にも条約の合意を広げる努力をしています。東アジアサミットは一例です。
またASEANは中国を排除せず、逆に対話を重ねて2002年に領有権問題を平和的に解決する「南シナ海行動宣言」を結び、以後、中国による武力での領土奪取を封じています。排除や軍事同盟による敵視ではなく、こうした包摂(インクルーシブ)の姿勢が実績をつくっています。「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを9条で定めた日本は、この取り組みを推進する大きな役割を果たすべきです。
改憲論議にかみ合う的確な反論を
海外で戦争する国づくりを進める人々は、改憲に向けた国民的合意をつくろうとしています。安倍元首相は辞任の記者会見(20年8月28日)で改憲ができなかった理由について「国民的な世論が十分に盛り上がらなかった」「それなしには進めることができないのだろうということを改めて痛感」と述べました。
自民党の改憲実現本部は8月6日までに27都道府県で改憲集会を開いていますが、「ウクライナを見れば抑止力が必要なのは当然だ」など改憲派の主張にかみあう的確な反論が私たちには必要です。そのために改憲派の論の立て方によく注意せねばなりません。
憲法を指針に市民のくらしを守る政治に
内政でも安全、安心の社会をつくる指針となるのは憲法です。25条の生存権、26条の教育権、27条・28条の労働権などを本気で追求する政治が必要です。
この方向を本気で追求している国はいまどこまで進んでいるか、北欧を事例に見てみます。国連の幸福度ランキングでも、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数でも、IMF(国際通貨基金)の1人あたりGDP(国内総生産)でも北欧5カ国は、全体として世界のトップクラスです。
ちなみに日本は、幸福度54位、ジェンダーギャップ年116位、1人あたりGDP28位というのが最新で、衰退途上の国となっています。
デンマークを取り上げれば、最低賃金は最近の円安で2000円を超え、週37時間労働です。有給休暇は6週間、男性の育児休暇取得率も70%。女性の経済活動への参加・機会が多いほどGDPが高いのはもう世界の常識です。
医療・介護・教育も基本的に無料で、LGBTQといわれる性の多様性への理解を政府が市民に啓蒙しています。投票率は80%を割ったことがありません。税金は高いですが、すべての市民の安心できる暮らしを有権者が重視しているということです。
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コロナ対策で記者会見するデンマークのフレデリクセン首相
(EPA=時事) |
憲法にもとづく政治を進める市民の力を
こうした社会は一足飛びに実現したわけではありません。デンマークでは1849年に施行された最初の憲法以来、主権者となった市民が政治に取り組んできた170年の積み上げです。日本は主権在民になって75年しかたっていません。
メッテ・フレデリクセン首相は社会民主党の代表で、2人目の女性首相です。左翼・中道左派連合をまとめており、ヨーロッパでは、理念の違う諸政党の共闘や連合は当たり前のことになっています。
経済運営については、賃上げも社会保障も暮らしを支えるだけでなく経済の「内需拡大策」という位置づけが重要です。新自由主義の権化アメリカのバイデン大統領でさえ賃上げをそう説明しています。財源は大企業の法人税や富裕層への公正な課税の回復で生みだせます。コロナ禍で90以上の国・地域が行っている消費税減税も必要です。
まとめておくと、次の諸点での取り組みが重要です。
(1)コロナ対策、国葬反対、統一協会問題、(2)平和外交、沖縄知事選、軍拡より生活予算、(3)大企業優先の新自由主義からの脱却、(4)石炭と原発からの撤退、再エネの推進、(5)ジェンダー平等、賃金格差ゼロ、(6)改憲ストップ、憲法を指針とした社会づくり、(7)あらためて「野党は共闘」「立憲主義を守れ」など。
(おわり)
(新聞「農民」2022.9.19付)
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