諫早湾干拓問題
福岡高裁が不当判決
21世紀の水産を考える会・中山眞理子
長引く不漁に漁業者が怒り
判決許さず、最高裁に上告
福岡高裁は3月25日、諫早湾干拓潮受け堤防の「開門」を命じた2010年の福岡高裁判決についての請求異議訴訟差し戻し審で、国(農水省)側の請求を認め、「開門」の強制執行を認めないとする判決を言い渡しました。「漁獲量は増加傾向」「開門による防災や農業への支障は増大」など、国側の主張を受け入れた内容でした。
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判決当日、福岡高裁入廷前集会で発言する馬奈木昭雄弁護団長 |
漁獲量は増加?
漁獲量が増加しているのはこの裁判の被控訴人である漁業者の方が多い佐賀県太良町(長崎県の県境で諫早湾の北隣町)のシバエビだけ、それも2013年からだけです。この年に太良町ではタイラギの漁獲がゼロとなり、現在まで全くとれていません。他にとれるものがないため漁期を延ばし、1月以降はシバエビの群れを追って熊本沖まで燃油代をかけてとりに行くようになったのです。
漁獲統計は属人統計といって、佐賀県沖、熊本県沖で漁獲しても太良町の漁業者の漁獲であれば、太良町の漁獲量になります。しかし、国は「諫早湾近傍でシバエビが増加し、漁場が改善された」といいます。諫早湾の潮受け堤防によって作られた調整池から流れて来る汚染水の影響や海流の変化によって、タイラギや海の底にすむさまざまな種類の高級魚がとれなくなりました。漁場の悪化が進む中で、中層を泳ぐシバエビに集中しただけなのです。
誰のための干拓か
漁業者側は開門に当たって、代替水源を確保した上で「3―2開門」(2002年の短期開門調査で実施した調整池の水位をマイナス1・2メートルからマイナス1・0メートルの間で海水を出し入れする方法)という方法とさらに対策工事も含めて農業への被害は回避できると具体的に提案しました。しかし裁判では、認められませんでした。同様に防災についても国の主張どおりの内容でした。
有明海が「宝の海」と呼ばれていた頃は漁業を中心に造船所、鮮魚運搬業、漁網屋さん、漁具の職人さんなど関連産業も盛んで、浜には若い後継者も多く、祭りなど、地域文化の担い手でもありました。そしておいしい魚介類をもとめて観光に来る人などで活気あふれる地域でした。それが諫早湾干拓潮受け堤防の締め切りから徐々に魚類、貝類が減り、漁業の衰退とともに地域にも活気がなくなってきました。
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干上がった干潟に抗議の旗が痛んだまま残っている(撮影=中尾勘悟) |
干拓地農業も大変
4月16日に福岡県で開催された日本環境会議主催のシンポジウムで、諫早湾干拓地の営農者、松尾公春さん(65)から次のような大変厳しい農業の実態を伺いました。
「『大規模で安定的な農業ができる』と考え、2007年に島原半島から入植した。島原は火山灰地で水はけがよく温暖だが、干拓地は水はけが悪く初めの頃は雨が降ったら1週間は機械を入れられなかった。同時期に入植した人の半分は経営難で撤退した。
カモが畑を襲い大根やレタスを食べ尽くしてしまう野鳥による食害もひどい。調整池が淡水なので海水に接する沿岸部と違って夏は暑く、冬は寒いためにレタスなどが凍ってしまう。
日本の農業は今まで家族でやってきたから成り立ってきた。国が勧める大規模農業は時代に逆行している。食害や冷害を防ぐためにも開門を求めている」
宝の海と地域社会の再生に逆行
分断乗り越え話し合いを
国の言い分をうのみにした不当な判決ではありますが、福岡高裁が2021年4月に出した「和解協議に関する考え方」の中で「本件の判決だけでは、抜本的な解決にはならず、地域の対立や分断を解消して将来にわたるより良い方向を得るには話し合いの外に方法はないと確信している」としています。紛争が深刻化、長期化、複雑化した今日においては、まさにそうだと思います。
裁判所の採用した国側の誤った部分を明らかにし、広く世論に訴えることが大事です。そして農業も漁業も共に発展し、活気ある地域社会を取り戻すために、粘り強く話し合いを続けることがこれまで以上に重要になると思います。
漁業者側45人全員は4月8日、最高裁に上告しました。
(新聞「農民」2022.5.16付)
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