ウクライナ危機のもとで考える
日本の食料・農業――
「水田活用交付金カット」許さない
3・15オンライン院内学習会
東京大学 鈴木宣弘教授の講演
(要旨)
食料危機はすでに始まっている
今日の講演では、食料危機がもう始まってしまったという認識をみなさんと共有したいと思います。
食料争奪戦激化 危機認識が欠如
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講演する鈴木教授
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ただでさえ食料価格の高騰と日本の「買い負け」懸念が高まってきていた矢先に、ウクライナ危機が勃発し、小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が増幅され、食料やその生産資材の調達への不安は深刻の度合いを強めています。
ロシアとウクライナで世界の小麦輸出の3割を占めます。日本は主に米国、カナダ、オーストラリアから買っていますが、これらの国に需要が集中して食料争奪戦は激化します。
中国はすでに大豆を1億300万トン輸入しています。日本は大豆消費量の94%を輸入しているとはいえ、中国の「端数」の300万トンにすぎません。中国がもう少し買うと言えば、輸出国は日本に大豆を売ってくれなくなるかもしれないのです。
しかし、国民の食料確保や国内農業生産の継続に不安が高まっているのに、岸田首相の施政方針演説には「食料安全保障」「食料自給率」についての言及はなく、輸出振興とデジタル化だけを強調しています。危機認識力が欠如していると言わざるをえません。
与党や農林水産省にも食料安全保障の検討会が立ち上げられましたが、貿易自由化を進める一方で、当面の飼料や肥料原料を何とか調達するためにどうするかの議論が先に立っています。
2020年度の食料自給率が37・17%(カロリーベース)と、1965年の統計開始以降の最低を更新した日本は独立国といえるのかが今こそ問われています。不測の事態に国民を守れない国は独立国とは言えません。
現状は80%の国産率の野菜も、種採りの90%は海外圃(ほ)場であることを考慮すると、物流停止で自給率は8%、2035年には4%に陥る可能性もあります。鶏卵の国産率は96%ですが、エサが止まれば自給率は12%です。
増える困窮家庭 食料は足りない
コロナ禍で困窮家庭が増えました。潜在需要はあるのに買えないという「コロナ困窮」で20万トン以上の米在庫が積み増しされました。米価は地域・品種によっては農家手取り価格が1万円を下回るのが現実になってしまいました。米の平均生産コストは1万5千円以上かかりますから、中小の家族経営どころか、専業的な大規模稲作経営も潰れるおそれがあります。
米や生乳は過剰ではなく、買いたくても買えない人が増えており、本当は足りないということを認識する必要があります。長年、食料需要が減退している一因は所得が減って買えなくなっていることです。従って、今必要なのは食べられなくなった人たちに政府が農家から米や牛乳・乳製品を買って届ける人道支援です。米や生乳を減産している場合ではありません。
米国では、コロナ禍による農家の所得減に対して総額3・3兆円の直接給付を行い、3300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けました。そもそも緊急支援以前に、米国・カナダ・EU(欧州連合)では設定された最低限の価格で政府が穀物・乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持しています。さらに、その上に農家の生産費を償うように直接支払いが二段構えで行われています。
一方、日本政府は、水田活用直接支払い交付金の見直しで、交付金をカットしようとしています。主食用米を減らせと言いながら、飼料米や麦や大豆や牧草の作付けの支援を減らすと言うのは、離農を促進し、耕作放棄地を増やすだけです。今、ウクライナ危機も勃発し、大局的には、主食用米も、飼料用米も、麦も、大豆も、牧草もすべて、国産の増産こそが必要なことは明らかです。
ここで考えてほしいのは、食料自給率の低下の問題です。歴代の日本政府が米国の要請で貿易自由化を進め、輸入に頼り、日本農業を弱体化させる政策を採ったためです。
農林水産省が発表した『我が国の食料自給率(平成18年度食料自給率レポート)』には、米を主食とする和食にした場合、日本の食料自給率が63%になるという試算が示されています。
食料は国民の命を守る安全保障の要であるのに、日本は、貿易自由化で自動車などの輸出を伸ばすために、農業を犠牲にするという短絡的な政策が採られてきました。農業をいけにえにする展開を進めやすくするには、「農業は過保護に守られて弱くなったのだから、規制改革や貿易自由化というショック療法が必要だ」という印象を国民に刷り込み、これは長年メディアを総動員して続けられてきました。
子どもを標的にゲノム編集食品
ゲノム編集技術では、血圧を抑えるGABA(ギャバ)の含有量を高めたゲノム編集トマトを家庭菜園用に4000件配布し、22年から障がい児福祉施設、23年から小学校に無償配布して広めてしまう「ビジネス・モデル」が実施されようとしています。
ここから言えることは、私たちの側も学校給食から日本の本来の姿を取り戻し、それを守ることが求められているということです。地元の安全・安心な農産物を学校給食などを通じて提供する活動・政策を強化することで、まず子どもたちの健康を守ることが不可欠です。
本当に「安い」のは、身近で地域の暮らしを支える多様な経営が供給してくれる安全安心な食材です。本当に持続できるのは、人にも牛(豚、鶏)にも環境にも種にも優しい、無理しない農業です。自然の摂理に最大限に従い、生態系の力を最大限に活用する農業(アグロエコロジー)です。
公共種子の企業への譲渡、農家の自家増殖制限、米検査の緩和が相まって、企業が主導して種の生産・流通過程をコントロールする環境が整備されました。種を握った種子・農薬企業は種と農薬をセットで高く買わせ、できた生産物を安く買い取り、販売ルートを確保して消費者に高く売ることになります。
さらに、IT企業大手と組んだ農業の工業化・デジタル化が進めば、食料生産・流通・消費が企業の完全な支配下におかれ、利益が吸い取られる構造ができます。
地域の伝統的な種が衰退し、種の多様性も伝統的食文化も壊され、災害にも弱くなります。表示もなしで野放しにされたゲノム編集も進行する可能性が高く、食の安全もさらに脅かされます。
ネットワークで循環型経済確立
巨大な力に種を握られると命を握られます。地域で育んできた在来の種を守り、育て、その生産物を活用し、地域の安全・安心な食と食文化の維持、食料の安全保障につなげるために、シードバンク、参加型認証システム、直売所、産直、学校給食(公共調達)、レストランなどの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・関連産業・消費者が共に繁栄できる地域の活動組織を全国各地で結成・強化しましょう。併せて国の公共支援の根拠法(自治体予算の不足分を国が補完するローカルフード法など)の制定が急務です。
協同組合(農漁協、生協)、労組、共助組織、市民運動組織と自治体の政治・行政などが核となって、各地の生産者、消費者、労働者、医療関係者、教育関係者、関連産業などを一体的に結集して、安全・安心な食と暮らしを守りましょう。種から消費までの地域住民ネットワークを強化し、地域循環型経済を確立するために、それぞれの立場から行動を起こそうではありませんか。
食料危機が目前に迫る中、今を踏ん張れば、農の価値がさらに評価される時代が必ず来るし、もう来ています。特に輸入に依存せず国内資源で安全・高品質な食料供給ができる循環農業を目指す方向性は子どもたちの未来を守る最大の希望です。
世界一過保護と誤解され、本当は世界一保護なしで踏ん張ってきたのが日本の農家です。そのがんばりで、今でも世界10位の農業生産額を達成している日本の農家はまさに「精鋭」です。農林水産業は、国民の命、環境・資源、地域、国土・国境を守る安全保障の柱、国民国家存立の要、「農は国の本なり」なのです。
(新聞「農民」2022.4.4付)
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