2022年 新年おめでとう!
酒米がつないだ人の縁
加須市酒米生産者協議会が
埼玉農業大賞優秀賞を受賞
「何気ない日常の会話がきっかけでした」。加須(かぞ)市酒米生産者協議会の篠塚敏雄会長(79)は振り返ります。同協議会は現在12人の生産者が参加し、10ヘクタールの酒米を作付けし、市内外の酒蔵6カ所に「五百万石」「山田錦」といった酒米を供給。地元の酒蔵「釜屋」や加須市酒類販売所組合と共同でオリジナル商品「加須の舞」を開発し地域の活性化を目指して活動しています。
地元の酒蔵に酒米を供給
きっかけは偶然の出会い
「精米所で知り合いから『今日はどこに行くの?』と聞かれ、行き先が同じで同行することになりました。昼食のそば屋で偶然相席になったのが酒蔵の専務夫婦で、その出会いがなければ酒米作りはありませんでした」と篠塚さんは語ります。
「2013年12月末に京都の種屋さんに電話したところ、『山田錦』はないが『五百万石なら来年、荷崩れ品が出るかもしれない』と言われました。翌年3月に電話したところ、運よく12キログラムほど購入することができ、自分一人で50アールに作付けしてみました」
当初は酒米の使い道も決まっていませんでした。「代理で出た区長の会議で市長に会ったときに酒米を作っていることを話したら、『加須市の合併5周年の記念品で使おう』ということに。あの時市長と話さなかったら、ただのバカで終わっていたかもしれません」
15年、書類手続きに地元の酒卸会社の社長が奔走してくれ、地元の酒蔵「釜屋」が仕込んだ純米吟醸1788本が完成。公募で「加須の舞」と名付けられ、すべて完売しました。「できないと言われていた酒米ですが、本場とそん色のないものが取れました」
翌年からは、埼玉農民連の松本慎一副会長など周りの農家も加わり、生産者協議会を結成。酒米づくりが広がりました。「埼玉県は日本酒の製造量が全国で4位の有数の酒どころですが、酒米の作付けはほとんどなく、ほとんどが県外のお米に頼っていました。酒蔵も県産米を使いたがっており、十分酒米の需要は見込めたのです」と松本さんは話します。
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農業大賞の賞状と山田錦の稲穂を手にする(右から)松本さん、篠塚さんと妻の泉(みつ)さん |
山田錦の種もみ 偶然から入手に
協議会では「山田錦」の栽培にも挑戦をしたかったのですが、種もみが入手できず、実現できていませんでした。
しかし、ここでも偶然の出会いが事態を変えました。「同級生のイチゴ農家を訪問した時に、たまたま神戸ナンバーの車が止まっていました。その人が『友達が山田錦を作っている』とその場で電話をしてくれ、11月に送ってくれることになったのです。3年ほどその方から種もみを分けていただきました」と篠塚さん。
作付けしたものの「心白」がないなど、失敗を重ね「バカじゃないか」と言われることも。「バカだからやっているんだ」と言い返し、3年目の18年についに苦労が実を結び、19年春には山田錦から作った新酒ができあがりました。
酒米は好評で生産量不足に
協議会で作った酒米で仕込んだ「加須の舞」は「吟醸酒でも、大吟醸酒のような香りがあり、くせのない飲みやすい酒」と好評。20年の「インターナショナル・ワイン・チャレンジ日本酒部門」で純米大吟醸が、21年の「Kura Master(クラマスター)2021」で純米大吟醸と純米吟醸が金賞を受賞するなど高い評価を受けています。
酒蔵からも好評で「今年はお米が足りなくなり、断りの連絡を入れざるをえませんでした」と松本さんは話します。
地域の空気を変えるとりくみに
農民連と一緒に地域農業支える
取り組みの中で、地元のお菓子屋さんが、酒かすや米粉を使ったお菓子に挑戦を始めました。また、市内にある、平成国際大学の女子硬式野球部や埼玉西武ライオンズ・レディースのみなさんが田植え・稲刈りに来るようになりました。
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稲刈りをする平成国際大学女子野球部のみなさん |
こうした広がりに対し県は、21年度の「埼玉農業大賞 地域貢献部門」の優秀賞に選定。11月26日に大野元裕知事から表彰されました。「通常は20年以上の取り組みがほとんどで、7年目のこの取り組みが選ばれるのは異例」と松本さんは驚きます。
篠塚会長は「『農家・農業がこのままでは大変なことになる』という意識が一定理解してもらえるようになったからではないでしょうか」と受賞の理由を語ります。「地域では私が唯一の専業農家。今の赤字では、若い人がやるはずがありません。酒蔵にも『農家を殺してまで安く米を買うのか』と米の買取価格を下げないように話してきました。農政のあり方を考えてほしいという思いが、周りに伝わったのだと思いたい」
松本さんも「この低米価の中で、再生産可能な価格を保障して取り組めることは、経営を支える大きな力になる」と話します。
協議会の生産者の多くは農民連に加入し、取り組みを支えてきました。「酒米づくりや議会請願などを通じて農民連が地域の実態を訴え続けたことが、今年の加須市独自の米農家に対する次期作支援事業(10アール当たり3500円の種苗代を補助)にもつながったのだと思います」と松本さん。
篠塚さんは「冗談から始まったような取り組みですが、何とか若い人が農業に参入してほしいとの思いでやってきたことが、地域の空気を変える取り組みになりました。一緒にやってくれたみなさんのおかげです」と話していました。
(新聞「農民」2022.1.3付)
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