飼料価格高騰問題の
要因と対策
寄稿
東京大学大学院教授
鈴木宣弘さん
昨年末から世界的に穀物価格が高騰し、6月の輸入飼料価格が昨年の1・5倍近くまで高騰する事態となっています。飼料価格高騰について、畜産問題にも詳しい東京大学大学院の鈴木宣弘教授に解説してもらいました。
原油価格高騰と、
貿易自由化の進展が
穀物価格の高騰を増幅
原油価格高騰はトウモロコシの高騰につながる
飼料穀物価格が再び高騰している。
供給側から見た要因としては、
▽中国での豪雨などによるトウモロコシの減産、
▽南米産地での長雨による作付け遅れ、
▽その後の乾燥による作柄悪化懸念、
▽輸出量が世界3位のアルゼンチンのトウモロコシの輸出規制(すでに撤回)
…などがあげられる。
一方、需要側の要因としては、とくに、中国でのコロナ禍からの経済回復と、豚熱からの回復による飼料需要増大などが指摘されている。
筆者は、原油価格高騰の影響にも注目している。アメリカやヨーロッパではワクチン接種によりコロナ禍からの経済回復が始まっており、原油需要が拡大して価格も急上昇し、現在、2018年以来の高値となっている。
キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁氏も指摘しているが、米国では、ガソリンへのエタノール混合が制度的に行われており、トウモロコシの仕向け先は、飼料用とバイオ燃料用で7割を占める。筆者らの研究(日経文庫『食料を読む』2010年)では、原油に対してトウモロコシ(バイオ燃料)が相対的に安くなると、トウモロコシのエタノール向け需要が増えるという明瞭な相関関係があることが示されている。
つまり、
▼原油価格が高騰
↓
▼原油に対するトウモロコシの相対価格の低下
↓
▼トウモロコシのエタノール向け需要増加
↓
▼トウモロコシの飼料向け供給減少
↓
▼トウモロコシ価格高騰
…というメカニズムが働くのである。
価格高騰が生じやすい市場構造
もちろん、筆者が以前から指摘している貿易自由化の進展で、価格高騰が生じやすい市場構造ができていることも根本的問題の1つである。
トウモロコシ生産は、米国・中国・ブラジル・EU・ウクライナ・アルゼンチンの6カ国で世界の80%、大豆生産は、米国・ブラジル・アルゼンチン・中国の4カ国で87%、小麦生産は、中国・EU・インド・ロシア・米国・カナダ・豪州の7カ国で世界の75%を占める。
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飼料用デントコーンの収穫風景 |
米国などの要請による貿易自由化の進展で、穀物を輸入に頼る国が増え、生産・輸出が少数国に限られる傾向が強まったため、需給にショックが生じると、価格が高騰しやすくなる。そのため、高値期待で投機マネーも入りやすくなり、不安心理で輸出規制も起こりやすくなり、価格高騰が増幅され、果ては、高くて買えないどころか、お金を払っても買えない事態になる。
一過性でない価格高騰
飼料調達の構造転換急げ
つまり、このような事態は一過性ではなく、一度収まっても、また起きる。そして、異常気象の「常態化」や中国や新興国の畜産需要増加によっても、その頻度は高まっている。したがって、日本も、根本的に酪農・畜産の飼料調達構造の転換をいよいよ急ぐ必要がある。
まず、(1)配合飼料用と粗飼料用のトウモロコシ生産の拡大、(2)本格的な飼料用米の増産、に加えて、(3)自家の粗飼料割合を高めることが必要である。
無理しない酪農・畜産の優位性
たとえば、酪農では、釧路地域のマイペース酪農家の調査(2018年)では、経産牛頭数は、マイペース酪農が43頭に対して、農協平均は87頭で、両者には、2倍の開きがある。しかし、購入飼料や購入肥料などを抑えて、放牧によって生態系の力を最大限に活用した循環型のマイペース酪農は、資金返済後の所得では、約1800万円で、両者はほぼ同じに並ぶ。
つまり、このデータでは、「放牧型酪農は1頭当たり所得が大きくても規模が小さいから総所得が上がらない」という指摘は覆されている。平均の半分の頭数で、牛も快適で、人にも環境にも優しく、無理をしないで、ほぼ同じ所得が得られるのである。
購入飼料代は、農協平均の2780万円に対して、マイペース酪農は500万円と約6分の1である。だから、飼料費が高騰すればするほど、マイペース酪農の優位性は高まる。購入飼料に頼るほうが、ときどき飼料が高騰しても長期的には総所得で有利だ、とは言えなくなっている。こうしたデータも参考に、経営方針を転換していく努力も不可欠と思われる。
(新聞「農民」2021.8.9付)
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