印鑰(いんやく)智哉さんと考える
アグロエコロジーと
食と農の現在・未来
(4)
ブラジル・MSTの模索
化学肥料・農薬を使う農業か
環境守るアグロエコロジーか
前回はラテンアメリカでアグロエコロジー運動が1980年代に生まれたことをみました。現在ではラテンアメリカはもちろん、世界各国でアグロエコロジーは政策として取り入れられ、国連もその推進を決めるまでに至りました。しかし、その発展はそう直線的に進んだものではありませんでした。その事情を再びブラジルを例にとって見てみたいと思います。
アグロエコロジーで「小農の生存」から
「健全な食の提供」へと農民運動が発展
獲得した農地で行う農業を模索
ブラジルではMST(土地なし農村労働者運動)が80年代半ばから農地改革を求める運動を強め、ブラジルの民主化進展とともに、徐々に農地が得られるようになります。その土地でどんな農業をやるか、人びとの選択は分かれました。
大地主がやっているのと同じ農業、つまり化学肥料や農薬を使った農業をやる人たちの数は、初期には多かったと聞きます。環境運動はMSTを批判しました。一方、MSTも環境運動を都会のエリートの運動だとやり返すことも少なくありませんでした。小農の生存のためには許されるべきだ、と。
しかし、そうした化学物質に基づく農業を進めた人たちには、すぐに困難が待ち受けていました。債務で苦しむ人が増え、最悪の場合にはせっかく得た土地を手放さなければならなくなってしまったのです。タネも化学肥料も農薬も一セットまとめて買うので一度にお金がかかり、収穫時に返済できないと借金が膨らみます。何のためのたたかいだったのか、ということになってしまいます。
一方で、アグロエコロジーを選択したグループは、債務で苦しむケースは低く、成功する農家が増えました。技術支援を受けながら投入する肥料や農薬を計画的に減らしていく。年々、かかる費用が減ります。その結果、経営はどんどんよくなっていくのです。タネもシードバンクで共有でき、お金がかからない。
農民運動が環境を守る最前線に
化学肥料・農薬を使う農業か、アグロエコロジーか十数年にわたり経験を積む中で、ようやく2001年前後、アグロエコロジーこそがMSTが進む道だと確認されます。これは大きな変化をもたらしました。なぜなら環境を破壊する農業もいとわなかったMSTが、環境を守る最前線に躍り出たことになるからです。MSTは医療団体や環境団体からも尊敬される団体となり、市民運動がアグロエコロジーの旗の下に合流することになりました。
小農の生存を目的にして作られたMSTはアグロエコロジーの採用により、新たなミッションを掲げます。ブラジル社会に健全な食を提供することです。
(新聞「農民」2021.5.31付)
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