印鑰(いんやく)智哉さんと考える
アグロエコロジーと
食と農の現在・未来
(3)
ラテンアメリカの農民運動から
生まれたアグロエコロジー運動
高い生産性と自然を生かした
農業の両立は可能
前の2回で、工業型農業とアグロエコロジーの2つがぶつかる年になったことを書きました。今回は少しさかのぼって、どのようにこのアグロエコロジー運動が発展してきたか、ブラジルを例にとって見てみたいと思います。
農地改革と有機農業を組み合わせ
ブラジルは、ポルトガルの植民地として、巨大で少数の地主と多数の奴隷から成る国でした。近代化の中で奴隷制は廃止され、大土地地主と農業労働者へと変わりましたが、貧富の格差は世界でもトップクラスの状況が続きます。格差解消を求める運動は年々強まりますが、運動の高まりに対して1964年、軍部はクーデタを起こし、軍事独裁政権が1985年まで続きます。
軍事独裁後期になると、ブラジルで新しい農業運動が生まれます。その一つが有機農業運動で、もう一つが農地改革を求める運動でした。初期の有機農業運動は主にヨーロッパ移民や日本人移民などの比較的裕福な農家中心に始まります。ブラジルで最初の有機農業研修の講師の一人は日本人移民の方でした。
1980年代、貧しい農業労働者たちが農地改革を求め、農地を得る運動がスタートします。その中心となったのがMST(土地なし農業労働者運動)でした。その支援に入ったNGOは、当初この農地改革を通じた社会変革と有機農業を組み合わせた農業を、オルタナティブ農業という名前で普及させようとしました。
しかし、その当時の有機農業は貧しい農民には実践が困難でした。認証を得る手続きも煩雑で、費用もかかり、しかもその認証方法はヨーロッパで決められます。
ヨーロッパはブラジルからしたらかつての支配者であり、それに従うことは心理的にも大きな障壁となったことでしょう。
伝統的農業技術の高い
生産性を科学的に実証
多くの農家の心を捉えて拡大中
1980年後半、チリ人の学者ミゲル・アルティエリ氏の『アグロエコロジー』という本が登場します。これは、ラテンアメリカのさまざまな地域の先住民族や伝統的住民が持つ農業技術には、生態系を傷つけずに、しかも米国の工業型農業に引けを取らない生産性を持つものがあることを、科学的に実証したのです。
|
ミゲル・アルティエリさん |
つまりヨーロッパのまねをしなくても、ラテンアメリカの経験を生かすことで、高い生産性を維持しながら自然を生かした農業実践が実現可能だというのです。この考えは多くのラテンアメリカの農家の心を捉えます。
|
『アグロエコロジー』ポルトガル語版 |
アグロエコロジー運動は、ラテンアメリカの多くの国で広がっていきますが、そこにはさまざまな試行錯誤がありました。
どんなドラマかは次回以降に紹介します。
(新聞「農民」2021.5.17付)
|