中村 哲氏の遺志を継いで…千鳥橋病院農産物直売所始動
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現地で指導する中村医師(ペシャワール会提供) |
食べ物と医療がいかに大事か、1600本の井戸を掘り、27キロの用水路と9つの堰(せき)を建設し、1万6500ヘクタールに及ぶ農地を復旧させた事実は、平和へと向かおうとする功績が多大なことを示すものでした。
アフガンの人々のみならず、どれだけの人々に勇気と希望を与えたでしょう。
直売所を開く福岡県連のみなさん。左から2人目が佐々木会長 |
中村医師のアフガニスタンでの活動を思うとき、実践の大事さ、どんな苦境に直面しても“やらねばの信念”に頭が下がると同時に、農民連の活動のなかで「家族農業を守る」ことへの意志と決意を強くさせてくれます。
今年1年間は、月の第4金曜日に直売所を開催します。品物は福岡県連各単組から持ち寄った自慢の野菜、加工品、牡蠣(かき)、サザエ等の海産物のほか、隣の大分県から潮トマト(これが甘い!)も出品しました。
農産物や海産物も販売しました |
病院を利用される方々とにぎやかな会話が多く弾み、次回の問い合わせも多く、農民連組合員もたくさん元気をもらいました。
これからもこの直売所を通じ、食と農の発信なども行い、これからの活動の励みにしていこうと思っています。
2009年11月10日に発行された、みのう農民組合の「野菜産直ニュース」464号。ペシャワール会事務局長(当時)の福元満治さんの講演で中村先生の当時の理念が語られました |
涙が止まらない。えっ? 車が走り出した瞬間、大きな拍手の波が広がった。みんな、流れ出る涙をぬぐおうともせず、それぞれの思いを拍手に込めて……。先生の偉大さを改めて感じた。
中村先生との出会いは3年前、DVD「アフガン・用水路が運ぶ恵みと平和」。先生の行動・言葉等々感動の連続だった。常に現地の人とともに生きた先生。
よみがえった大地で家族でお昼ご飯。「仕事をして食べることができれば、誰も戦争なんか行かないよ」とおいしそうに食べるおとなと子どもの姿が頭から離れない。そして、「平和は、武器や軍隊によって守れるものではない」ときっぱりと言い切る先生。すっかりファンになった。
福岡県の出身と知り、うれしくなった。さらに九州大学卒業と知り、大学生にぜひ見せたいと「上映会」をやった。当日、8人ほどの大学生が参加してくれたが、その後、そのときの一人から電話があり、遊びに来るようになった。
私が、一人で細々と百姓をやっていることを知ったその子は、来るたびに友達を誘ってくれた。「種まきやりたい子」「田植えやりたい子」等々……。
大学生との交流は、生きる上で、私の大切な一つの力。中村先生なくしては、このことはなかった。私が、中村先生の講演会があれば出かけていることを知った学生は、「〇日に、中村先生の講演会があるのを知ってますか?」と、よく電話をかけてくれていた。この知らせはもう届かないが、交流は続いている。
中心だった彼女は今、アメリカに1年間の交換留学中だが、他の大学生が顔をみせてくれる。中村先生と、直接お話しできる機会に恵まれなかったことは残念でならないが、「いろいろなことを言わず行動で示せ」「私は行動しか信じない」。このお言葉を、しっかりと受け止め、進んで行きたい。ありがとうございました。
[2020年2月]
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