「農民」記事データベース20190729-1370-09

野菜も人も不ぞろいが自然

自然栽培にとりくむ新規就農者を描いたドキュメンタリー映画
『お百姓さんになりたい』
監督・撮影・編集 原村政樹さんに聞く


”効率重視”から”自然に学び共生する農業”へ

画像  農業をライフワークとしてドキュメンタリー映画を撮り続けてきた原村政樹(まさき)監督が、埼玉県三富地域での循環型農業を描いた前作「武蔵野」に続いて、自然栽培に取り組む新規就農者を描いた新作「お百姓さんになりたい」(※別項参照)を完成しました。8月からの全国ロードショーを前に、原村監督に新作映画に寄せる思いをお聞きしました。

 ――なぜこの映画をつくったのですか。

 この映画で描きたかったのは3つあります。

 一つは、肥料をやらない自然栽培でどうして作物ができるのかということ。作物は養分を吸収し、それを収穫物として外に取り出してしまうわけだから、肥料なしでは土地はだんだんやせていくのが当然で、できるわけがないじゃないかと。でも実は自然栽培は「肥料を外から持ち込まない」というだけで、雑草も肥料になるし、小麦や大豆を取り入れて、緑肥や根粒菌も活用し、敷地内の落ち葉たい肥も活用する地域内での循環農業なんです。

 もう一つは、いまメディアでははやりの農業や農作物のおいしさは報道されても、作物を育てるプロセスの複雑さや失敗はなかなか扱われません。そのプロセスをしっかりと見せたいと思ったのです。とくに新規就農者は失敗も多くて大変です。肥料のやり方でブロッコリーのアブラムシの付き方がまったく違う様子も出てきます。

 そして三つ目は、これが一番大切なのですが、明石誠一さんとの出会いです。明石さんとは、前作の「武蔵野」を撮影する過程で出会ったのですが、なぜ農業を始めたのかを聞いたら、彼は「10歳の時から世の中みんなが、生き生きと幸せになれる社会にするにはどうしたらいいかを考え続けてきて、農業に行き着いた」と答えてくれました。農業への思いをここまで明確に言葉にして語り、実践している農家は初めてでした。

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映画のワンシーンから

 ――この映画では明石農園での農福連携の取り組みや、地域の人との交流も追っていますね。

 明石さんは、「野菜も人も不ぞろいが自然の姿だ」と言います。明石さんは60種類余の野菜を、自家採種しながら育てています。自家採種は往々にして不ぞろいな野菜ができますが、作物の多様性を保つことで害虫の害も深刻にならない。土壌微生物も多様性があれば、作物は健康に育つ。「それは人間も同じだ。どんな重篤な障がいを抱えた人も、その人の存在価値はある」と明石さんは言うのです。ここに「誰もが生き生きできる社会」をめざす哲学が表れていると思います。

 しかも非常にしなやかな考えの人でもあって、自然栽培というと、ともすると雑草ぼうぼうのイメージですが、彼は「自分が自然栽培で草を生やすことで、隣接する農家に迷惑をかけるわけにはいかない」と、慣行栽培の農家への配慮も忘れず、周囲の農家の信頼も厚いのです。

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笑顔のたえない研修生たち

 ――新聞「農民」読者にメッセージを。

 去年は国連で「農民の権利宣言」が採択され、今年からは国連「家族農業の10年」が始まります。効率最優先で、農薬や化学肥料を使って行われている企業的な大規模農業では、土地が疲弊して危ないと世界的に見直される時代になっています。農家が、農地や作物を丹念に見回りながら育てていくような、農業の本質に戻ろうではないかということが世界の潮流になっており、この映画はその世界的なメッセージに重なるものになっていると思っています。

 残念ながら日本の安倍政権はこれとまったく逆行するようなTPP(環太平洋連携協定)などで農産物輸入を拡大したり、除草剤の残留基準を緩和したり、主要農作物種子法を廃止したりしてしまっていますが。

 この映画は、出ている農家も若いですし、ぜひ若い人に見てもらいたいと思って作りました。そして農家はもちろん、「食」や「農」に関心のある人みんなに見てもらいたいと思います。


8月24日(土)からポレポレ東中野(東京)で公開

画像  9月以降、横浜シネマリン、大阪・第七藝術劇場、京都シネマ、神戸・元町映画館、広島・横川シネマほか全国順次公開予定

〔作品紹介〕

 2.8ヘクタールの畑で60種類もの野菜を育てている、埼玉県三芳町の明石農園。明石誠一さんは28歳の時に東京から移り住み、新規就農した。有機農法からスタートし、10年前からは農薬や除草剤、さらに肥料さえも使わない「自然栽培」に取り組んでいる。自然裁培とは、肥料や農薬に頼らず、植物や土の持つ力を最大限に生かした固定種・無肥料の農業のこと。

 ここでは、野菜同士が互いを育てる肥やしになり、雑草は3年を経て有機物に富んだ堆肥になる。収穫後は、種を自家採種していのちをつなぐ。春夏秋冬、地道な農の営みは、お百姓さんになりたい人への実践的ガイドとなり、“自分の口に入るもの”に関心を持つ人に、心豊かに暮らすためのヒントを提示する。

 監督は「いのち耕す人々」(2006年)、「天に栄える村」(2013年)といった農業をテーマとしたドキュメンタリーをライフワークとしている原村政樹。本作は「武蔵野」(2017年)の続編的な位置付けとなる作品。自分の思い通りにならない自然の厳しさ、失敗と試行錯誤を繰り返しながら謙虚に自然から学ぼうとする農園の営みを丁寧に描き、効率重視の現代社会に「農」の価値を問いかける。

(新聞「農民」2019.7.29付)
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2019年7月

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