「農民」記事データベース20190610-1363-05

BSE規制 成長ホルモン
二重に不安な米国産牛肉

東京大学教授 鈴木宣弘さん
寄稿

 厚生労働省が5月17日、BSE(牛海綿状脳症)の発生を受けて規制が行われていたアメリカ産牛肉の輸入について、月齢制限をすべて撤廃することを発表しました。
 これは内閣府の食品安全委員会が昨年11月に出した、「(月齢制限を撤廃しても)リスクは非常に小さく、無視できる」とした答申を受けての措置。今回、2003年の輸入禁止以降、16年ぶりに月齢の制限がなくなることになります。
 アメリカ産牛肉をめぐってはBSEだけでなく、EU(ヨーロッパ連合)などでは使用禁止となっている成長ホルモン剤の懸念もあります。
 こうした問題について、東京大学教授の鈴木宣弘さんに寄稿してもらいました。


月齢制限の全面撤廃は
日米FTAへの露払い

 米国のBSE検査率は1パーセント

画像  「食の安全基準が緩められることはない」と政府は国会のTPP(環太平洋連携協定)特別委員会などでも、何回も証言してきた。これは明白な偽証であった。

 BSEについては2011年10月に牛肉の輸入制限を20カ月齢以下から30カ月齢以下へ緩和を検討すると表明した。それは当時の野田総理がAPEC(アジア太平洋経済協力)のハワイ会合で日本がTPPに参加したいと表明した、その1カ月前のことだった。

 なぜ、このタイミングだったのかというと、ハワイで参加表明するときの米国へのお土産だったからだ。そのあとは、「結論ありき」で着々と食品安全委員会が承認する「茶番劇」であった。TPPへの「入場料」として緩めさせられたのは明白なのに、「科学的根拠に基づく手続きで、TPPとは無関係」と言い張るのは異常である。

 厚労省は、BSEは世界的にも発生件数が減少しており、とくに若齢牛の発生は少ないと言う。しかし24カ月齢の牛の発症例も確認されている。しかも、米国のBSE検査率は1パーセント程度で、発症していても検査から漏れている牛が相当程度いると疑われる。

 また、米国の食肉加工場における危険部位の除去が不十分なため、危険部位が付着した輸入牛肉が日本で頻繁に見つかっている事実から勘案しても、「20カ月齢以下」は国民の命を守る最低ラインだった。

 米国の要求に即座に対応

 しかし、「食の安全基準が緩められることはない」と言いながら、裏では食品安全委員会が2年以上前に全面撤廃の準備を整えてスタンバイしている事実が漏れ聞こえてきた。米国から「30カ月齢以下」もなくす全面撤廃を求められた場合には即座に対応できるように、と。米国は一応、BSEの清浄国(実態は検査が不十分なだけだが)になっているので、30カ月齢という制限そのものをしてはいけない貿易ルールになっているからだ。

 そして、いよいよ2018年11月15日、プリオン専門調査会が「撤廃しても問題がない」旨の評価書を公表した。日米FTA(自由貿易協定)の最初の成果としてBSEに関わる輸入制限の全面撤廃がアナウンスされる日は近い。

 EUでは禁止のホルモン剤使用

 こういう形で今の安全基準が緩められてしまうという問題だけではなくて、今入ってきている輸入農産物がいかに危ないのかについても、もっと私たちは情報共有しなければいけない。

 札幌の医師が調べたら米国からの輸入牛肉からエストロゲン(成長促進ホルモン)が600倍も検出された。エストロゲンは米国などでは、耳ピアスのようなもので牛に注入されているが、ウナギ養殖のエサにごく微量たらすだけでオスのうなぎがメス化するほどの成長ホルモンで、乳がんや前立腺がんとの関係が疑われている。

 日本では、消費者を守るためにということで、国内での牛肉生産への使用は認可されていない。しかし、米国が怖いから輸入はザルになっている(米国産牛肉から成長ホルモンは検出されなかったので検査をやめたと検査機関は説明している)。牛肉の自給率はすでに38パーセントまで低下しているから、国民が6割以上の輸入肉から摂取していたら何をやっているのかわからない。

 EUは米国の牛肉を輸入禁止にしている。EUが米国肉を禁輸してから17年(1989〜2006)で、多い国では乳がんの死亡率が45%減ったというデータが学会誌に出ている。

 また、ラクトパミンという牛や豚の餌に混ぜる成長促進剤は人間に中毒症状も起こすとして、EUだけではなく中国やロシアでも国内使用と輸入が禁じられている。日本でも国内使用は認可されていないが、これまた、輸入は素通りになっている。

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スーパーの店頭にズラリと並んだ米国産牛肉

 選ぶこともできない瀬戸際に

 TPP11(米国抜きのTPP)、日欧EPA(経済連携協定)、日米FTAで、「輸入農産物が安くなった」と喜んで食べ続けると、間違いなく病気になって早死にしそうだ。これでは安いのではなく、こんな高いものはないということになる。日本で、安い所得でも奮闘して、安心・安全な食料を供給してくれている生産者を、みんなで支えていくことこそが自分たちの命を守ることだ。食に安さを追求することは命を削ること、孫・子の世代に責任を持てるのかということだ。

 牛丼、豚丼が安くなって良かったと言っているうちに、気がついたら乳がん、前立腺がんが何倍にも増えて、国産の安全・安心な食料を食べたいと気づいたときに自給率が1割になっていたら、もう選ぶことさえできない。今はもう、その瀬戸際まで来ていることを認識しなければいけない。

 日本の生産者は、自分達こそが国民の命を守ってきたし、これからも守るとの自覚と誇りと覚悟を持ち、そのことをもっと明確に伝え、消費者との双方向ネットワークを強化して、安くても不安な食料の侵入を排除し、自身の経営と地域の暮らしと国民の命を守らねばならない。それこそが強い農林水産業である。

(新聞「農民」2019.6.10付)
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2019年6月

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