TPP11はTPP12より悪い
――問題点と今後のたたかいについて
東京大学大学院 鈴木宣弘教授に緊急インタビュー
TPP11承認案と関連法案の衆議院通過を受け、この間明らかになったTPP11の問題点と今後のたたかいについて、鈴木宣弘・東京大学大学院教授に聞きました。
衆議院でのTPP11の議論は、審議時間も短く、法案を通すためのアリバイづくりだったような気がします。「TPP11を絶対に止める」という強い覚悟が野党にも求められています。
最大の問題は、米国抜きのTPP11の発効は、日米2国間でTPP以上の対日要求に応えることとセットとなり、結果的に、TPP12よりも悪い状況をつくり出すということです。
TPP11で凍結したい項目が80も挙がったこと自体がTPPの問題の大きさを如実に示していますが、それらは22項目が凍結されただけで、削除されてはおらず、休眠しているだけです。
農林水産業をないがしろにし、輸入食料がさらに増え、自給率が下がることは、命、環境、地域、国土維持に極めて悪影響を及ぼします。こうしたTPPプラスの自由化ドミノと規制緩和を続ければ、極めて危険な事態を招くことを国民が今認識しないと手遅れになります。
TPP12で、あれだけの国論を二分する議論があったのですから、今は、それ以上の議論が必要です。
もう一度立ち止まって、「食を外国に握られることは国民の命を握られ、国の独立を失う」ということを自覚し、軍事力でない安全保障確立戦略の中心を担う農林水産業政策を、国家戦略として再構築すべきです。
「保護主義とのたたかいのためTPP11を推進する」はごまかし
米国共和党のハッチ議員が2年ほどで5億円もの献金を受け取り、患者の命を縮めても新薬のデータ保護期間を延長する(ジェネリック医薬品を阻止する)ルールを求めたように、米国のグローバル企業が自分たちがもうけられるルールをアジア・太平洋地域に広げたい、これがTPPの本質です。日本のグローバル企業にとっても同じこと。アジアで直接投資を展開できる。グローバル企業の利益は増えるが、現地の人は安く働かされる。国内の人々は安い賃金で働くか失業します。
だから、「もうかるのはグローバル企業だけで、賃金は下がり、失業が増え、国家主権が侵害され、食の安全が脅かされる」との米国民のTPP反対の声は大統領選前の世論調査で約8割に達し、トランプ氏に限らず大統領候補全員がTPPを否定せざるをえなくなりました。これは、日本でのTPP反対の主張と同じでした。
つまり、「トランプ氏が保護主義に走っただけだから、保護主義とたたかわなくてはならない」という日本での評価は間違いです。冷静に本質的な議論をせずに、保護主義とたたかうという名目で、TPP11を推進し、TPP型の協定を「TPPプラス」として、日欧EPA(経済連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携)にも広げようと「TPPゾンビ」の増殖にまい進している日本は異常です。
TPP11も日米FTAも「両にらみ」
「TPP11を急げば日米FTA(自由貿易協定)を避けられる」というのは間違いです。米国抜きのTPP11が発効したら、出遅れる米国は、逆に日米FTAの要求を強めるのが当然です。その際にはTPP以上の譲歩を要求されるのも目に見えています。
米国は、TPP12以上の上乗せを日米FTAで要求するか、TPP12以上の上乗せを要求してTPPに復帰しようとするか、いずれにせよ、日本の打撃は元のTPP12以上になります。
|
「ストップ!TPP」と抗議する人たち=5月21日、官邸前 |
日本の対米外交は「対日年次改革要望書」や米国在日商工会議所の意見書などに着々と応えていく(その執行機関が規制改革推進会議)だけですから、次に何が起こるかは予見できます。米国の対日要求リストには食品の安全基準に関する項目がずらりと並んでいますから、それらを順次差し出していくことが、米国に対する忠誠を示すことになります。
例えば、BSE(狂牛病)に対応した米国産牛の月齢制限をTPPの事前交渉で20カ月齢から30カ月齢まで緩めましたが、さらに、米国から全面撤廃を求められたら即座に対応できるよう食品安全委員会は1年以上前に準備を整えてスタンバイしています。さらに、すでに日本は米国からのSBS米(主食にあてる輸入米)を1万トン台から6万トンまで増加させ、TPPでの約束水準をほぼ満たす対応をしています。
一方、米国議会ではハッチ氏のようにグローバル企業と結託し、大多数の国民の声とかい離した議員が多数を占めてTPP型ルールの復活をもくろんでいます。日本がTPP11を進めることは、こうした人々への「TPPの灯を消さない努力をしているアピール」でもあります。
TPP12以上に増幅される日本農林水産業の打撃〜見捨てられた食料
米国を含めて農林水産業についてこれだけ譲ると決めた内容を、米国が抜けたのに、そのままほかの国に譲ってしまったわけです。オーストラリア、ニュージーランドは大喜び。「乳製品の輸出、米国の分まで全部できる」と。そうすれば、米国が黙っているわけがないから、「おい、おれの分はどうしてくれるんだ、それ以上のものをやってくれ」という話になってくるわけで、結局、そういうふうに、TPP12以上の打撃を日本の農林水産業、食料が受けるということをわかっていて進めています。
米国の復帰が見通せない場合にはTPP11で譲歩した内容を見直すことができる条項が加えられましたが、これは義務ではなく、単なる気休め条項でしかありません。
強引に合意を急ぐために日本農業は「見捨てられた」のです。
国産牛乳が飲めなくなる?
TPPでは米国の強いハード系チーズ(チェダーやゴーダ)を関税撤廃し、ソフト系(モッツァレラやカマンベール)は守ったと言いましたが、日欧EPAではEUが強いソフト系も差し出してしまい、結局、全面的自由化になってしまったという流れも、場当たり的で戦略性がないことを表しています。
これでは、国産チーズ向け生乳50万トンが行き場を失い、乳価下落の負の連鎖によって酪農生産に大きな打撃が生じる可能性は一層強まったと言わざるをえません。
つまり、酪農にとっては「トリプルパンチ」です。「TPPプラス」の日欧EPAとTPP11の市場開放に加えて、農協共販の解体の先陣を切る「いけにえ」にされました。頻発するバター不足の原因が酪農協(指定団体)によって酪農家の自由な販売が妨げられていることにあるとして、「改正畜安法(畜産経営の安定に関する法律)」で酪農協が全量委託を義務付けてはいけないと規定して酪農協の弱体化を推進しています。生ものの生乳は量が把握できないと需給調整・管理ができず、加工・流通が混乱するから、生乳について「二股(また)出荷」を認めている国は世界にない中で、二股出荷を拒否できなくしたのは世界で日本だけというとんでもないことをしてしまったのです。
こうして生乳は、買いたたかれ、流通は混乱し、「トリプルパンチ」の将来不安も影響して、すでに都府県を中心とした生乳生産の減少が加速しており、「バター不足」の解消どころか、「飲用乳が棚から消える」事態が頻発しかねません。この危機を乗り切るために何をするか。国産振興ではなくて、「脱脂粉乳とバターの追加入で夏に還元乳をつくって、みんな飲んでくれ」という話になっています。国産振興を捨てて、自給率向上を放棄するのか、という状況です。同じような事態が次々と他の農産物にも波及してくるでしょう。
売国の総仕上げに終止符を
こうしたなか、極めつけは、2018年4月、ら致問題を言及してもらうだけの見返りに、日本自ら2国間協議を提案しに訪米しました。これはTPP以上の国益差し出しを約束しに行ったようなもので、「飛んで火にいる夏の虫」です。際限なき米国へのごますりと戦略なき見せかけの成果主義では国民の命は守れません。
「民間活力の最大限の活用だ」、「企業参入だ」と言っているうちに、気付いたら、安全性の懸念が大きい輸入農水産物に一層依存して国民の健康がむしばまれ、日本の資源・環境、地域社会、そして、日本国民の主権が実質的に奪われていくという取り返しのつかない事態に突き進んでよいのでしょうか。
TPP11をストップさせることとあわせて、一刻も早く今の政権に終止符を打つことが必要です。力を合わせてがんばりましょう。
(新聞「農民」2018.6.4付)
|