(株)FOOD VOICE
代表取締役 今野 徹さんに聞く
買い物は生産者、
産地への「投票行動」
北海道ナチュラルチーズの専門店
「チーズのこえ」(東京・江東区)
日本で初めての北海道産ナチュラルチーズの専門店「チーズのこえ」が東京・清澄白河(江東区)に、2015年11月に産声をあげました。同店を経営している株式会社FOOD VOICE(フードヴォイス)代表取締役の今野徹さんに、「チーズのこえ」に込めた思いや、日本の酪農と農業、日欧EPA(経済連携協定)などについて、お話を聞きました。
食べ物を通して多様な
農業の大切さ伝えたい
作り手、土や草、みんなの声を
私は帯広畜産大学大学院を修了後、北海道庁農政部、農水省に在職し、2015年5月に退職しました。農水省在職時からフードヴォイスという名前で梅干しづくりやみそづくりなどをしながら食のルーツをたどるという企画をしていて、食卓と産地がかい離していることをまざまざと感じていました。そこで「100年続くものづくり、1000年続く地域づくりをともに考え、かたちにします」をテーマに掲げて、その一番初めの取り組みとして、チーズ屋を始めました。
食べものは単なる商品ではなく、その背景には作り手がいて、チーズなら原料の牛乳を搾る酪農家がいて、その牛が食べている草があり、草を育てる土がある。そして土も水も一つとして同じものはありません。その一方でいまの東京などでの食べものの消費を見ると、食べ物がブーム化され、一部の生産者だけがすばらしくて、それ以外はダメだという線引きがされていることに危機感を持っています。現在、酪農家は全国に1万5000戸弱いますが、本当は1万5000戸の農家がいれば、1万5000通りの農業のやり方、生き方があるはずなのに、です。新自由主義のなかで失われていく多様性を伝えるにはチーズは最適で、食べ物は農産物であること、そして日本には多様な農業があることを伝えたいと思って、チーズ屋を始めたわけです。
お店ではお客さんとのコミュニケーションのなかで、こうした理解が「あの○○さんの、あのチーズはおしかった」という会話となって、リピーターにつながっていると思っています。
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ハード系チーズを前に |
相互理解で牛乳の価値をつなぐ
それから、牛乳の価値をいかに生活者の方々につないでいくかという、もっと積極的な取り組みも必要だと感じています。今までは生乳を出荷した段階で酪農家の手を離れていましたが、その先にどういうお客さんがいて、どういうものを求めてお金を払っているのか、そういう川下のことまで生産者自身も模索をし、理解をしていかないと、牛乳の価値が本当の意味で生活者まで届かないのではないでしょうか。そういう相互のコミュニケーションがなければ、農家や業界紙がTPPや日欧EPAでの農業の危機をいくら叫んでも、なかなか伝わらないと思います。
農業の大切さを、私たちチーズ屋のような、農家とはまた違う立場の者が伝えていくことも大切なのだと思っています。
短視眼的な損得でなく
「待つ文化」取り戻したい
「自分さえよければいい」とか、「自分に直接戻ってこない税金は損だ」というような短視眼的な損得は、新自由主義のなかでは象徴的な考え方ですが、稲を育てるには1年かかり、米をつかって酒を作ればさらに1年かかります。みそやしょうゆも同じですが、そういう「待つ文化」を取り戻していきたい。それが助け合いや、農協などを中心とした相互扶助のなかで生きていく大切さにもつながる話しだと考えています。
日欧EPAは日本酪農崩壊の危機
日欧EPAで「輸入チーズが安く買える」と歓迎する報道がありますが、チーズが価格だけで輸入と比較されることになれば、日本の酪農は崩壊し、チーズもなくなってしまうと強い危機感を持っています。
私はチーズを買うというのは、それを作っている人や産地、流通などのフードシステム全体に対する「投票行動」だと考えます。消費には「自由」だけではなくて、そこまで考えて選択をする「義務」も負っていると思います。安いからと何も考えずに買うような投票行動は、未来の社会に対する責任を放棄しているのではないでしょうか。
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ソフトクリームも大好評 |
関税や農業予算についても、日本全国の美しい農村景観も、そこに人が住んで、営みがなかったら、その美しさはないですよね。でもいま、この農村景観には対価は支払われていません。しかしこうした営みへの税の再配分はどこの国にもあり、ヨーロッパでは直接支払いが農家所得の8割を占めていますが、国民の意識として「それが当たり前」と受け入れられています。
新自由主義的な「自分に戻ってこない税金は損」という考えではなく、「どういう社会がいいのか」という、もう少し広く社会を見渡す視点にたって、税金や関税での調整が必要だと言う考えがあるべきだと思います。
「チーズのこえ」
住所 東京都江東区平野1−7−7第1近藤ビル1階
地下鉄半蔵門線、大江戸線
「清澄白河」駅から徒歩3分
TEL 03(5875)8023
ホームページ http://food−voice.com
定休日 不定休
(新聞「農民」2017.11.20付)
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