日欧EPAの
「大枠合意」の愚行
東京大学教授 鈴木宣弘
関連/なんとしても批准阻止を 畜産物いけにえに激しい怒り
TPP以上に深刻な影響!!
日欧EPA(経済連携協定)の電撃的な大枠合意は、内政への批判を外交でそらそうとした、あからさまな政権の保身のための目くらましである。
そんなことのために、「TPPプラス」(TPP以上の譲歩)の日欧EPAを官邸主導で強引に決めてしまい、日本の食と農と暮らしの将来を犠牲にしたツケは計り知れない。
「TPPプラス」は「自由化ドミノ」
さらに、日欧EPAでのTPPレベルと同等、またはそれ以上の上乗せ合意は、TPP交渉を行った参加国からはTPPで決めたことを使うのなら自分たちにも同様の条件を付与せよとの要求につながることは必定である。
この連鎖は「TPPプラス」による「自由化ドミノ」で、世界全体に際限なく拡大することになり、食と農と暮らしの崩壊の「アリ地獄」である。「世界の繁栄への大きな一歩で、他に波及することを期待する」などというのは大間違いである。
EU産チーズの輸入枠はないに等しい――実質は無制限の関税撤廃
TPP合意でも多くのハード系ナチュラルチーズの関税撤廃が最大の打撃といわれ、大手乳業メーカーは50万トンの国産チーズ向け生乳が行き場を失うと懸念し、北海道生乳が都府県に押し寄せて、飲用乳価も下がり、共倒れになると心配された。その危険は日欧EPAで一層広がった。
日欧EPAでは、TPPでさえ守ったソフト系チーズも実質的な関税撤廃にしてしまった。輸入枠は設定したものの、実質的に継続的な枠の拡大が約束されている。いまこそ、飲用乳も含めた「酪農マルキン」(家族労働費も含む生産費と取引価格との差額補填)のような酪農家の不安を払拭できるセーフティネットの創設が不可欠である。
EUが実質無関税と評価する豚肉
「差額関税制度を守ったから高い肉と安い肉を混ぜて524円の輸入価格にして22・5円の最低限の関税になるように輸入する行動は変わらず、何ら影響がない」とする政府の説明は極めてミスリーディング(誤誘導)である。
50円の関税なら、わざわざ高い肉と安い肉をコンビネーションしなくても単品で安い冷凍豚肉を大量に輸入する業者がでてくると考えたほうが現実的である。EU側の合意内容の公表文書にも「日本の豚肉関税はほとんど無いに等しい(almost duty free)」と書いている。
国産は冷凍肉とは競合しないとの声もあるが、安い部位が下がれば、価格差は保ったまま、全体に価格がパラレルに引っ張られて下がる。日本への冷凍豚肉の最大の輸出国であるデンマーク(平成27年でシェア23%)と近年イベリコ豚ブランドで急増しているスペイン(同16%、2国で冷凍豚肉の4割)からの輸入が低価格で大幅に増加し、影響はTPP以上に深刻になる可能性が高い。経営安定対策の早急な拡充が必要である。
北海道農民連釧根地区協議会議長
岩崎和雄(別海町・酪農家)
北海道の酪農地帯では牧草収穫の忙しい時期を迎えている最中、「日欧EPA大枠合意」のニュースが飛び込んできました。自動車を売り込むために畜産物をいけにえに差し出すような内容に驚き、ここまで食料自給率を下げ続けてもなお農業を守ろうとしない政府の姿勢に怒りを感じます。
販路拡大としてチーズに取組む
北海道の酪農は、全国の生乳生産の半分以上、380万トンを生産し、消費地から離れていることもあり、加工向けが大半を占めています。過去には需給がだぶつき、「計画生産」という生産制限が長く続き、酪農家を苦しめてきました。その中で販路拡大として取り組まれてきたのがチーズでした。全道各地でチーズ生産を手がける乳業工場、酪農家や、若い人を中心にチーズ工房に取り組む人がたくさん増えてきました。
こうした産地の懸命の努力のさなかに、政府は日欧EPAでチーズ輸入の拡大を合意したのです。数量枠や段階的関税撤廃が一定の歯止めになるとしていますが、国産チーズは今後、価格下落で大幅に減少する可能性があります。国産チーズ向けの生乳は現在約45万トンです。今回の「大枠合意」では、チーズ製品で3・1万トンですが、これは生乳に換算すると約30万トンとなります。この分の国内生産が立ちゆかなくなれば乳価下落の要因となります。
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放牧酪農を実践する岩崎さんの牧場。規模拡大推進政策の結果、北海道でも放牧する酪農家はごくわずかに(撮影は岩崎さん) |
規模拡大の結果労働強化深刻に
国は、事後対策と称してこれまで様々な政策を行ってきました。現在頓挫しているTPP協定への対策として打ちだされた「畜産クラスター事業」では、規模拡大要件があって利用できる農家が少ない上、規模拡大に躊躇(ちゅうちょ)する農家を離農へと向かわせる要因ともなっています。これまで「国内農業の強化」と言って規模拡大が進められた結果、酪農家の労働負担を増やし続けることになり、そうやって日本の酪農は成り立ってきました。
私の住む北海道東部の地域は酪農専業地帯ですが、現在の酪農経営者の中には後継者に酪農を引き継いでもらいたくない人が増え、息子さんが帰ってきて酪農経営を継ぐことになって嘆く親が多いところに深刻さがあります。のんびり農業をすることが許されない世界が静かに広がっているのです。
“輸出が活路”は本末転倒だ
これまで外圧を理由にした「対策」により多額の助成事業が行われ、大型機械が導入されて農作業の「効率化」や、飼料の高栄養化は進みましたが、その一方で高額の補助金がなければ成り立たない高コストの酪農が作り上げられてきました。こうした状況下で農畜産物の輸入自由化を推進していけば経営は成り立ちません。国は農畜産物の海外輸出の旗振りをしていますが、国内には輸入品で国産品は海外輸出というのでは本末転倒です。農業は単なる経済活動と言うのは食料の安全保障を放棄するもので許されません。
(新聞「農民」2017.7.31付)
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