生乳指定団体制度「改革」は
不公正かつ危険極まりない
東京大学教授 鈴木宣弘
〈特別寄稿〉
規制緩和は買いたたきを助長
真の目的は牛乳買いたたき
規制改革推進会議という法的位置づけもない官邸の諮問機関に「3だけ主義」(今だけ、金だけ、自分だけ)の仲間(彼らは米国経済界とも密接な関係にある)だけを集めて、一部の利益のために勝手な提言をし、それに最終的に誰も抵抗できず、国の重要政策が一方的に決まってしまう流れは不公正かつ危険極まりなく、どうしてこのようなことが許され続けているのだろうか。
「酪農家の選択肢を増やして所得向上につなげる」ことを名目にしているが、そんなつもりがあるわけがない。だから、「指定団体を廃止すると酪農家の所得が増える」理由が説明されていないと批判しても意味はない。彼らの真の目的は、もっと牛乳を買いたたくことである。
日本の酪農支援は世界でも手薄
日本の酪農は世界的に見ても、もっとも制度的な支援体系が手薄いと言える。それなのに、繰り返し訪れる「バター不足」について、規制改革会議は、その原因は「岩盤規制」だと言う。酪農家の生乳を一元的に集荷する組織を指定する「指定団体制度」のせいで自由な販売ができずに、酪農家の所得が低迷するのだと指摘する。過保護な日本酪農の規制を撤廃すれば、酪農所得が向上し、バターも牛乳も安定的に供給できると言うが、逆であろう。このようなことを続けたら、酪農所得はさらに減り、バターだけでなく、飲用乳さえ小売店頭から消えかねない。
牛乳を守るのは命を守ること
欧米では、牛乳を守ることは国民の命を守ることであり、酪農は世界で最も保護度が高い食料部門の一つである。だから、米国では、連邦ミルク・マーケティング・オーダー(牛乳販売命令とか販売秩序とか訳される)で、酪農家に最低限支払われるべき加工原料乳価は連邦政府が決め、飲用乳価に上乗せすべきプレミアムも2600の郡別に政府が設定している。さらに2014年から「乳代―エサ代」に最低限確保すべき水準を示し、それを下回ったら政府からの補てんが発動されるシステムも完備した。
カナダでは、MMB(ミルク・マーケティング・ボード)を経由しない生乳は流通できない。そうしないと法律違反で起訴される。酪農団体とメーカーはバター・脱脂粉乳向けの政府支持乳価の変化分だけ各用途の取引乳価を自動的に引き上げていく慣行になっており、実質的な乳価交渉はない。
反面教師はMMBを解体した英国だ。酪農家が分断され、大手スーパーと多国籍乳業とに買いたたかれ、乳価が暴落し、酪農家の暴動まで起きた。規制緩和が正当化できるのは、市場のプレイヤーが市場支配力を持たない場合であり、小売のマーケットパワーが強い市場では、規制緩和は市場のゆがみを増幅し、買いたたきを助長して、生産者をさらに苦しめる。買い手側からすれば、それこそが狙いなのである。その人達が「酪農家の所得向上のため」に指定団体を廃止すべきとはよく言ったものである。大手小売の「不当廉売」と「優越的地位の濫(らん)用」こそ、独禁法上の問題にすべきである。
泥船に乗って沈んでよいのか
TPP(環太平洋連携協定)を強行批准し、TPP水準をベースラインとしたいっそうの貿易自由化を進め、国内では酪農の指定団体制度を崩壊させるような規制緩和を進めたら、我が国の酪農はいっそうの縮小を余儀なくされるであろう。生産者にしわ寄せを強めて生産が縮小してしまうシステムでは、やがて買い手のビジネスも行き詰まり、消費者もいざというときに食べられなくなる。みなが泥船に乗って沈んでいくようなものである。
「生乳の秩序ある販売体制を維持する必要性から、米国政府は酪農をほとんど電気やガスのような公益事業として扱っており、外国によってその秩序が崩されるのを望まない」というような欧米の姿勢とは雲泥の差が生じている。欧米の政策に学ぶべきは学び、国民の基礎食料を守るために、貿易自由化と規制緩和の「暴走」に歯止めをかけないと取り返しのつかない事態に陥るだろう。
(新聞「農民」2016.12.12付)
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