「農民」記事データベース20160425-1211-01

TPPで医療はどうなる

保団連政策部事務局 寺尾正之さん

関連/お知らせ


公的保険制度崩壊の恐れ、
高薬価おしつけ、サービスも低下

 TPPで医療はどうなるのか。「TPPテキスト分析チーム」による報告会で、全国保険医団体連合会政策部事務局の寺尾正之さんが行った報告の要旨を紹介します。

 政府のTPP対策本部は「公的医療保険制度に関する変更は行われません」と説明しています。

 しかし、TPPは、公的医療保険制度の一部である医薬品の保険適用や公定価格の決定など薬価制度、新薬の特許期間やデータ保護を対象にしています。日本の公的医療保険制度への影響は明らかであり、TPP協定と政府の負担増・給付抑制計画によって切り崩される危険があります。

 薬価決定プロセスに製薬企業が影響力を及ぼす

画像  TPP協定の第26章では、「締結国は、TPP協定の対象となる事項に関する法令等を公表すること、意見提出のための合理的な機会を与えること」と定め、その透明性を求めています。

 今後、アメリカの製薬大企業が利害関係者となり、日本の薬価制度(その運用)が「透明性と手続きの公正さに欠く」として、中央社会保険医療協議会が行う医薬品・医療機器の保険適用の可否や、公定価格の決定プロセスに一層影響力を及ぼすことが懸念されます。新薬価格が高騰するならば、患者の窓口負担が増すだけでなく、医療保険財政を圧迫して、医療サービス水準を低下させることになります。

 新薬の保護強化制度を導入――特許期間延長で薬価の高止まりが続く

 アメリカはTPP交渉で、製薬企業による新薬の販売承認までの年数分の特許期間が「浸食」されていると主張し、「浸食」されている年数分だけ特許期間を延長して、特許権者(新薬の開発企業)に補償するよう要求していました。

 TPP協定では、第18章で、「販売承認の手続の結果として生じた特許期間の不合理な短縮」について、「特許権者に補償する」ため、特許期間を延長することを規定しています。

 新薬の研究開発プロセスには、主に、基礎研究、非臨床試験、治験、承認審査があり、特許出願(取得)は基礎研究の段階で行われ、厚労省の承認を得た後に販売が認められます。特許法では「特許権の存続期間は特許出願の日から20年をもって終了」しますが、特許出願(取得)から販売承認までの期間(平均10数年)を差し引けば、新薬市販後の特許期間は約10年となります。

 日本政府は、「最長5年までの特許期間の延長制度があるので、国内制度への影響はない」と説明し、TPP協定関連法案(特許法関係)でも、期間の延長ができる制度を設けるとしています。

 しかしTPP協定文には、期間延長を何年にするかは書かれておらず、新薬の販売承認までの期間が、特許による利益を享受できず、「不合理」だと認定されれば、将来にわたって5年以上の延長を求められる可能性があります。新薬価格の高止まりが続き、製薬大企業のもうけが保障されることになります。

 新薬のデータ保護制度――ジェネリック薬に新たな障壁

 アメリカはTPP交渉で、バイオ医薬品のデータ保護期間を創設し、政府の販売承認時から12年とするよう要求していました。TPP協定では、生物製剤(バイオ医薬品)の新薬は、特許期間が切れた場合でも、データ保護期間を「最初の販売承認の日から少なくとも8年間」、またはその代わりとして、「最初の販売承認の日から少なくとも5年間」プラス「他の措置をとる」ことのいずれかを選ぶことを規定しています。

 日本政府は、「新薬の安全性などの再審査期間(販売承認時から8年)が、実質上のデータ保護期間として機能しているので、国内制度への影響はない」と説明していますが、TPP協定の規定は、「8年に限定することができる」というもので、限定しないこともできます。アメリカでのデータ保護期間と同じ12年にすることも可能です。

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「TPPで医療は崩壊」。東京・渋谷で(2015年11月17日)

 TPP協定では、バイオ医薬品の市場拡大を見込んで、協定発効後10年後に再協議するほか、TPP委員会の決定に従って再協議することも規定され、新薬のデータ保護期間が長期化する可能性があります。

 こうして製薬大企業の独占的利益を保障する一方で、ジェネリック(後発)薬企業の参入に対する新たな障壁が出現する危険があります。

 診断・治療・手術法を特許対象に

 TPP協定では、「産業上の利用可能性のある全ての技術分野の発明(物または方法)について特許を取得することができるようにする」と規定しています。

 一方で、各締結国は、「次のものを、特許を受けることができる発明から除外することができる」としており、「人間又は動物の治療のための診断方法、治療方法及び外科的方法」を挙げています。

 しかし、「除外することができる」という規定であり、締結国の判断で、特許保護の対象にすることも可能になります。日本では、人間の診断・治療・手術方法は特許の対象から除外されています。

 特許保護の対象となった場合、特許権料が発生することによって、先端医療技術などの医療費が高騰し、保険適用すると医療保険財政を圧迫するため、公的保険の適用外に留め置かれることが懸念されます。多額の保険外負担が生じ、保険外の負担を支払うことのできる人か、民間医療保険でカバーする余裕のある人しか、最先端の医療が受けられなくなります。民間医療保険に加入できるのは一部の高所得者だけで、多くの患者が公平に最新の医療を受ける権利を奪うことになります。

 ISDS条項導入――米保険会社が政府を提訴できる

 第9章では、「投資家と国との間の紛争の解決(ISDS)のための手続き」を規定しています。

 外国企業や投資家が投資先の国や自治体が行った施策や制度改定によって、不利益を被ったと判断した場合、その制度の廃止や損害賠償を投資先の相手国に求め、国際仲裁法廷(世界銀行の投資紛争解決国際センター等)に提訴できる国際法上の枠組みです。

 医療分野で主に想定されるのは、日本政府の施策によって、民間医療保険の販売に影響を与えた場合や、「特区」での株式会社による医療機関経営です。

 日本では厚生労働省が例外的に認めた混合診療として、先進医療(2015年12月現在、108種類)があり、民間の先進医療保険が販売されています。先進医療に加えて4月からは「患者申出療養」が始まります。

 厚労省が先進医療や患者申出療養の医療技術等について保険適用を進めることによって、アメリカの保険会社が先進医療保険の売れ行きが落ち込み不利益を被ったとして、施策の変更(混合診療に留め置くこと)を求めることや、保険業法で定めている民間医療保険の商品認可・販売に関する規制緩和を行うようISDS条項を使って国際仲裁法定に提訴しないとも限りません。

 アメリカ企業の政府への圧力が強まることや、ISDS条項が存在するだけで、その発動を回避するため、政府の公共施策に抑制(萎縮)効果が生じることが懸念されます。

 国際仲裁法廷の裁量とTPP委員会の解釈に委ねられている範囲もあり、政府が行った規制措置が誤りであると認定される可能性があります。


お知らせ

 次号(1212号)は、5月2、9日付の合併号(カラー、8ページ)です。次々週の発行はありません。

(新聞「農民」2016.4.25付)
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2016年4月

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