TPPとのたたかいは
これからが正念場
農民連全国代表者会議での
東京大学 鈴木宣弘教授の講演
(大要)
東京大学の鈴木宣弘教授は、10月21日に都内で開かれた農民連全国代表者会議で「TPPをめぐる情勢と今後の対応策」のテーマで基調講演を行いました。鈴木教授の講演大要を紹介します。(講演の詳しい内容は、近日中に発行するブックレット〈雑誌『農民』臨時増刊〉に掲載します)
(1)決裂しなかったと装うための「大筋合意」
TPPは「終わり」ではない。これからが正念場
TPP(環太平洋連携協定)交渉は、2015年10月に、ついに「大筋合意」に達したと発表され、日本では「歴史的快挙」のように報道されています。
しかし、「大筋合意」は最終決着ではなく、決裂しなかったと装うための見切り発車の「合意」にすぎません。ここからが本当のたたかいです。
これまで政府・与党は、「重要品目について全面的関税撤廃をしてなければいい。関税が1%でも残っていれば聖域は守ったんだ」という苦しまぎれの議論をしてきましたが、これは完全に崩れています。3割の品目は完全に関税撤廃していますから、全く説明がつかなくなったわけです。
(2)命と健康、暮らし、環境を犠牲に
企業の利益を増やすルールを押し付けるTPP
今回の交渉で一番もめたのは、医薬品の特許の保護期間での対立であり、これはTPPの本質を見事に象徴しています。
アメリカの巨大製薬会社が自らの利益を増やすために特許の保護期間を12年にしろと譲らず、日本以外のほとんどの国は、そんなことをしたら、人々の命を救う安価なジェネリック(後発)医薬品が製造できないから5年以下しか認められないと猛反発しました。
ISDS(投資家対国家間の紛争処理条項)もTPPを象徴する問題です。「国家主権を侵害するISDSには合意しない」との国会決議を完全に無視して、日本はアメリカとともにISDSを各国に認めるよう働きかけてきました。
(3)農産物の損失は少なく見積もっても1兆円を超す
重要品目もそれ以外も再生産不可能
(この後、鈴木教授は(1)米(2)牛肉・豚肉(3)乳製品(4)麦(5)砂糖についての交渉の実態と影響額について解説しました)
以上の品目を検証しただけでも、砂糖のほかは、「重要品目の再生産が可能」と言い張ることはけっしてできない事態に直面していると言わざるをえません。さらにひどいのは、重要品目でこんな状況なのだから、重要品目以外は、ゼロ関税までの猶予期間はある程度あるにせよ、ほぼ全面的関税撤廃だという現実です。
13年3月に公表された政府試算では、全面的関税撤廃による農林水産物の生産減少額は3兆円でした。
野菜や加工品、林水産物を除く一部の品目についての業界や私たちの試算額を足し合わせただけでも、生産減少額は1兆2000億円を超えます。現在準備されている国内対策で、それが十分に打ち消せるとはとうてい思えません。
(4)食の安全は守られるのか
WTO(世界貿易機関)のSPS協定(動植物の衛生・検疫協定)では、各国の置かれている自然条件や食生活の違いを勘案し、科学的根拠に基づいて、各国がSPS基準より厳しい独自の基準を採用することを認めています。しかし、アメリカは、日本が科学的根拠に基づかない不当に高い基準でアメリカの農産物を締め出しているから、それをSPSに合わせるのだ、日本が科学的根拠を示さない限りは、全部、日本の基準を緩和させるのだと言ってきました。
こうして2国間交渉でいろいろ要求が出てきて、まだどんどん緩められていく。あとは2国間の力関係です。正当な科学的根拠を提示できなければ、「遺伝子組み換え(GM)食品表示」の変更などを求められ、最終的には、ISDSで提訴され、撤廃に追い込まれることも想定しなくてはなりません。
(この後、鈴木教授は、(1)牛肉の成長ホルモン(2)アメリカで牛や豚の飼料添加物として広く使用されているラクトパミン(3)モンサント社が開発した乳牛の遺伝子組み換え成長ホルモンrbST(4)輸入農産物に使用される防腐剤や防カビ剤などのポストハーベスト=収穫後=農薬の問題について詳しく解説)
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日本モンサント社(東京都中央区)前で行われた抗議行動=10月29日 |
(5)TPPで「過保護」な日本農業を
競争にさらして強くし、輸出産業に?
「日本農業が過保護だから自給率が下がり、耕作放棄が増え、高齢化が進んだ」という議論が幅をきかせています。
「過保護」なら、もっと所得が増えて生産が増えているはずです。アメリカは競争力があるから輸出国になっているのではなく、コストは高くても、自給は当たり前、いかに増産して世界をコントロールするか、という徹底した食料戦略にもとづいて輸出補助金を多用して輸出国になっているのです。一般に言われている「日本=過保護で衰退、欧米=競争で発展」というのは、むしろ逆です。
食料自給率39%で、われわれの体は原材料の61%を海外に依存しています。TPPで出てくる「原産地規則」でいうと、われわれの体はもう「国産」ではなく、半分アメリカ産、半分中国産に近づいています。
また、どうしても指摘しなければならないのは、生産者の取り分は「不当に」低いということです。食料関連産業の生産額規模は1980年の48兆円から2005年の74兆円に拡大していますが、農業分野の取り分は12兆円から9兆円、シェアにして26%から13%に落ち込んでいます。その分、加工・流通、特に小売り段階の取り分が増加してきていることが農林水産省の試算で示されています。
(6)たたかいはこれから
TPPは「大筋合意」といっても、まだ詰まっていない問題がたくさんあります。
アメリカ議会をはじめ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドにも不満の声が強いといわれており、各国とも、批准には大きな困難が予想されているのに、日本だけが「もう決まったことだ」と言って、企業がもうけられる農業だけが生き残ればいいという方向に誘導しようとしていることを許すわけにはいきません。
農業以外の雇用、医療、公共事業など、様々な分野での国民生活への懸念についても、それが払しょくできる説明がない限り、批准の手続きはありえません。
最後まで、現場の人々ともに、強い覚悟を持ち、食と農と暮らしの未来を切り開いていくためにたたかう人たちがいなくてはなりません。たたかいはこれからです。
(新聞「農民」2015.11.9付)
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