地元小麦食べて荒れ地なくそう
定年農業にはりきる尾形正次さん
(福島県北農民連会員)
リポート
福島県農民連 佐々木 健三
いま私は原発被災地、福島で、みずからの健康問題と付き合いながら、日々農作業に励んでいます。自民党・安倍政権に代わってから、農村現場は急激に荒廃し、暗く、重い空気に包まれています。それはとどの詰まるところ、日本の農業をつぶし、外国から食料を輸入すればよいとの露骨な政策の押し付けがその原因です。だとすれば、それに対するもっとも根本的で有効なたたかいは、大いにものを作り、生産を活発にすることだと思います。この運動が、われわれ農民にとって右手に鍬(くわ)を、左手に農業の展望を開く旗印になるのではないでしょうか。ここで、そんな取り組みをしている福島県北農民連の仲間、尾形正次(しょうじ)さん(福島市)を紹介します。
“ものづくり”が農業の展望開く
荒れ地買い1ヘクタール超の小麦に挑戦
80歳お母さんが毎日石拾いして
ことの始まりは、尾形さんが、長く勤めていた福島市内の機械工作会社を定年退職され、いわゆる定年農業に取り組まれたところからです。尾形さんの家の前の50アールの土地が売りに出されるという話があり、尾形さんが購入を望んでいると聞き、私も少しかかわって土地購入が実現しました。尾形さんは市の補助事業を活用して整地をし、麦の生産に取り組むことを決めました。
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尾形正次さん |
しかし、その土地は石ころだらけで、どこから手を付けていいかわからないほど荒れ果てており、耕作地にするには大変な困難が予想されました。さらにこの時点で、麦を播種(はしゅ)するまでの期間は短く、時間的にも厳しい状況に置かれていました。そこで活躍したのが、80歳を超えた尾形さんのお母さんです。来る日も来る日も石拾いをやり、播種の時期に間に合わせることができたのです。
この困難な事業の裏に、尾形さんのお母さんの努力があることを忘れてはなりません。この後、尾形さんは、従来からの農地も合わせておよそ1ヘクタールの耕作面積を確保し、本格的な麦作をスタートさせました。
地元農民から土地提供など申し出も
大型農機具借り収穫終え製粉も
さて、春先を迎え、麦の生産の遅れもなんとか克服し、見事な麦秋となりました。聞くところによると、福島市管内で1ヘクタールを超す面積の麦を作るのは近年では初めてとのことです。
それだけに何もかも手探りの状況でしたが、尾形さんの取り組みは地域のなかでも強い関心を呼び、みんなでその成り行きを注目していました。
何人かの方から、「自分の土地も使ってほしい」と申し出があったり、「土地だけでなくコンバインや乾燥機も併せて貸す」などの相談もあったりしました。このありがたい申し出により、コンバインと乾燥機を借用してぶじ収穫を終え、製粉するところまでこぎ着けました。
“これから販路にも着目したい”
パンを食べれば麦の栽培も増え
一方で、私の知り合いのパン屋さんから、地元の小麦粉を使いたいので探してほしいと連絡があり、さっそく尾形さんにつなぎました。その後、尾形さんの小麦粉を使ってパンの試作が行われ、見事に立派なパンができあがりました。これが、また一つの大きな転換点となり、尾形さんは、今後の展望として小麦の販路に着目しています。
去る10月22日に、麦の生産にかかわってきた人たちが集まって、パンの試食会を開きました。集まった人たちは、「このパンを食べれば食べるほど、麦の栽培が増え、荒れ地をなくすことができる」ことに思い立ち、「地元小麦を食べて、荒れ地をなくそう」となったわけです。
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尾形さんが収穫した小麦を使ってパンをつくりました。福島市のパン屋さんSeeds Bakery(シーズ・ベーカリー)の佐賀聡子さん |
小麦栽培の実践大変注目されて
いま、行政などは、懸命に耕作放棄地をなくす取り組みをしていますが、尾形さんの実践は、一つの示唆に富むものです。
2年目を迎える今年は、すでに播種も終わり、長い冬を前に、青々とした芽が伸びてきています。福島県は、麦作の条件が悪いことから、栽培を広めようとする努力をしていませんが、尾形さんの実践は関係者のあいだでもおおいに注目されています。
そして、この取り組みは、農民連のスローガンである「ものを作ってこそ農民」を、見事に実証したのではないでしょうか。
(新聞「農民」2015.1.5付)
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