「農民」記事データベース20141103-1140-05

養父市
農業特区の実態は…

 安倍政権が掲げる“アベノミクス”経済戦略の柱の一つ、「国家戦略特区」構想。安倍首相の言う「企業が世界で一番活躍しやすい国づくり」をめざして、その邪魔になる規制や仕組みを取り払い、「岩盤規制全般について突破口を開いていく」(国家戦略特区諮問会議10月10日)特別区域を設定していこうというものです。今年5月、教育、雇用、医療、農業などの分野にわたって、全国で6つの地域が決定され、「農業特区」として新潟市と兵庫県養父(やぶ)市が選定されました。
 「特区になって、何をするのか?」「本当に地域農業を守れるのか?」――兵庫県食健連(農業・食料・健康を守る兵庫県連絡会)が10月、養父市に調査に入りました。


狙いは農業への企業参入と
農業委員会の権限取り上げ

画像  じつは、国家戦略特区のしくみは、市や住民が具体的な振興計画を作り、実行主体となって進めるのではありません。安倍首相を議長に、石破茂地方創生担当大臣、甘利明TPP担当大臣、元経済財政政策担当大臣の竹中平蔵氏などが委員を務める「国家戦略特別区域諮問会議」が、特区内で規制緩和の特例(養父では農地法の改悪特例など)を使ってビジネスをやりたいという企業を募集し、“国際競争力ある”経済事業を実施すると見込んだ者を「構成員」として認定するというしくみです。

 それ以外には、新たな補助金が自治体に入るわけでもなく、住民参加の町おこしが実施されるわけでもなく、言い換えれば、特区にあるのは「企業の足かせになる“岩盤規制”を取っ払う」しくみだけなのです。

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あちこちに耕作放棄地の広がる養父市

 岩盤規制として農地法を攻撃

 養父市の農業特区で“岩盤規制”とされたのは農地法でした。今年7月に開かれた第1回の「養父市特区会議」に出された特区計画の素案では、その冒頭に農地法第3条の改悪が掲げられました。つまり農地の売買や賃貸に関わる許認可権限を農業委員会からとりあげ、今後は市長が行うというのです。

 さらに、現在は「農作業従事者が役員の過半でなければならない」とされている農業生産法人の要件緩和も準備されています。特区を突破口に、まさに“アベノミクス”農業改革の先取りをしようというのが、農業特区のねらいです。

 特区の必要は何もないのに

 では養父市は特区になって、実際にどんな農業振興策をやろうとしているのか――こちらはいまだにはっきりしません。

 養父市では特区の“構成員”に、大手スーパーイオンの子会社「イオンアグリ創造株式会社」をはじめ「近畿クボタ」、「オリックス不動産」「有限会社新鮮組」など10社が選定されました。しかしこれら10社が養父市でどんな事業を展開するのかは、まったく明らかにされていません。市の担当者も「市にも選定理由は詳しくは聞かされていない。何ができるか今考えているところではないか」と言います。

 農業特区を推進する広瀬栄市長が「パートナー」と呼ぶ有限会社新鮮組の岡本重治氏は、第1回「特区会議」にかろうじて“構想”らしきものを出しましたが、それがなんとA4判のポンチ絵1枚(図を参照)のみ。要するに、地元農産物で弁当を作って海外に輸出する、農家レストランを出すというだけで、加工・冷凍の設備投資、生産物の流通や雇用など何の計画も示されていません。

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「新鮮組」岡本氏が第1回特区会議に提出した資料は、このポンチ絵1枚のみ

 特区計画の素案にある他の計画内容を見ても、「耕作放棄地を活用した養蜂業」など、農業特区でなくても十分できるものばかり。結局、ズサンな構想は早晩破たんし、最後にはオリックス不動産などの企業による農業経営と「農地法と農業委員会つぶし」のあしき実績が残るといったことになりかねません。

 一見すると、まったく展望のないこの農業特区ですが、安倍首相はあと1年半でやり遂げるよう関係機関に指示しており、養父市をはじめ6区域すべてに国の関係者を常駐させ、“岩盤規制”突破をゴリ押ししようとしているのが現状です。

 放棄地激増と高齢化が背景に

 そもそも、養父市が「耕作放棄地の解消」を掲げて、特区提案に手を挙げたのは、昨年の8月のこと。「この時は、手を挙げた事実すら市民の誰も知らなかった」と、養父市議(日本共産党)の藤原敏憲さんは言います。農業委員会にも、議会にも、市民や農民にも、何の説明もなく、広瀬市長の一存で申請は進められました。

 当然、農業委員会は抗議の意見書を発表しましたが、菅義偉官房長官などの猛烈な圧力によって、結局、今年の6月の臨時総会で投票が行われ、17対8の賛成多数で権限移譲に追い込まれてしまいます。

 藤原さんは、「こうした背景にあるのは、耕作放棄地の増加と、農家の高齢化という、多くの中山間地に共通する問題がある」と指摘します。養父市の総農地面積2673ヘクタールのうち、現在、約1割にあたる226ヘクタールが耕作放棄地となっており、農家の高齢化の進行とともに2008年からの4年間で倍増しています。

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藤原敏憲市議

 「シカやイノシシなどの獣害もひどいが、米価や農産物の価格低下で防御する網代にもならず、どんどん作れなくなっている。この地域をなんとかしなければという地域みんなの思いや焦りが、特区への幻想につながっている」(藤原さん)。まやかしの特区などではない、本当に農家が元気になれる取り組みこそ、今最も養父市が必要としているものなのです。

(新聞「農民」2014.11.3付)
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2014年11月

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