台湾から農業がなくなる
台湾訪問リポート 真嶋良孝副会長
土地取り上げと
たたかう農民たち
台湾の農民運動との出会い
農民連が台湾の農民組織と出会ったのは今回の地域会議が初めてでしたが、二重三重に印象的な出会いでした。
台湾農民組合委員長の劉慶昌さんの説明によれば、カロリー自給率は32%、休耕は水田面積(42万ヘクタール)の半分以上に当たる22万ヘクタール、農家の平均年齢は61歳。
日本軍国主義の最初の植民地は台湾でした。19世紀末以後の台湾農業の歴史は、日本に対する米の供給地として始まり、戦後は日本資本がしかけて砂糖や枝豆、豚肉などの供給基地に仕立てられてきました。ある報告によると、これらのほとんどは中国大陸からの対日輸出によって壊滅させられ、最近では生花などわずかの農産物が輸出市場を開拓したものの、農業全体は衰退の道をたどっているといいます。
休耕(減反)が半分以上になったのは、2002年のWTO加盟以降です。そして、いま問題になっているのは中国大陸と台湾の自由貿易協定である「両岸経済協力枠組協議」(ECFA)。10年の締結当時は農産物の輸入自由化はしないと約束していたにもかかわらず、政府は800品目の農産品の輸入規制の緩和を目指しており、「私たちの食卓や冷蔵庫は海外に運び去られる」という批判が強まっています。
農民運動を包む
若い連帯の力
日本よりも深刻な農業
台湾と日本の農業と農民をめぐる状況はよく似通っているというよりも、いくつかの指標では、台湾の方がより深刻だという印象を受けました。
同時に、台湾の農民運動を包む若い連帯の力はもっと印象的でした。地域会議の食事や通訳、資料準備などは10人ぐらいの若いボランティアが担い、民衆フォーラムも司会・運営から後片付けまで、見事にテキパキとこなしてくれました。
彼らのほとんどは「台湾農村陣線」(ルーラル・フロント)のメンバー。「土に根ざし、農民に学ぶ」を基本スローガンに、農業問題に関心をもつ学生や学者、労働者の組織で、台湾農民組合の事務局役を担っています。セミプロ級の通訳がおり、今回の会議にあたってビア・カンペシーナの歌を作詩・作曲して歌うミニバンドもあるなど、その若さと多彩さにはほとほと感服しました。
その一人に聞いてみると「土地取り上げが社会問題になって、これは許せないと考えて運動に参加した。勉強してみて、このままでは台湾から農業がなくなることに危機感をもった。携帯電話を食べて生きていくことはできない」。
「青年進郷」――09年以来、夏期農村青年キャンプが農村陣線の最大の行事で、この中から老農に弟子入りしたり、台湾の伝統的農法のドキュメントを作ったりする青年たちも多いといいます。
ほんのわずかな時間を縫って訪れた農村で、3月の田植えを前に水を張ったままの水田を前に、ティさん(35)はこう語ってくれました。
「都会に嫌気がさして4年前に農村に来た。最初は友人のお父さんから技術を習い、大学が開発して手頃な価格で提供してくれる微生物肥料を使う稲づくりを地域の人と一緒にやっている。いま2・6ヘクタールになったが、大変なのは休耕補償料が高く(1ヘクタール1500ドル=14万円)、これが借地料になってしまうこと。でも、ホタルが舞うこの地で、生物多様性を尊ぶ農業を続けたい」
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ティさん(中央)の水田を見学する人々 |
「政府強盗」を糾弾し、
「土地正義」求める運動
いま、台湾の農民が直面している最大の問題は、政府・地方自治体・大企業による土地取り上げです。農村陣線によると、台湾政府と県は「科学工業団地プロジェクト」の名目で土地収用権を乱用し、11年だけでも6378ヘクタールを収用しようとしています。一番ひどかったのは10年に苗栗県で起きた「大埔(ダプ)事件」。
県政府は科学工業団地を新たに設置するため、土地収用をねらい、警官隊を動員して暁に襲撃し、抵抗した43の家族が自宅と農地から追われました。収穫目前の水田の米がブルドーザーで完全に壊滅させられ、耕作再開を防ぐため、表土が掘りかえされ、捨てられたといいます。しかも収用価格は市価の40%で、代替地はまったく不適切な土地でした。
この事件がメディアを通じて伝えられると、全国から憤激の声が起こり、10年から毎年、「土地正義」をスローガンに、総統府(日本でいえば首相官邸)前広場で集会やデモ、土地正義をかたどった田植えなどの抗議行動が行われてきました。
台湾農民組合と農村陣線が結成されたのもこの事件を通じて
私たちが参加した2・3集会は今年1回目の行動でした。集会では台湾各地から土地取り上げとたたかう農民や住民が集まり、次々に政府を糾弾しました。「政府強盗」「農民怒」「守護家園」などのTシャツや鉢巻きが目につきます。
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総統府前の2・3集会に参加した台湾の農民 |
台湾の名門「国立政治大学」徐世栄教授は地域会議にも参加しましたが、この日の集会でも2回登壇して熱弁をふるいました。「政府は金持ちから税金を取れないので、土地収用による財政収入でそれに代えようとしている。地方政治の有力者の半数以上が建設や土地開発によってのし上がった者だ。なんら『公益性』のない収用こそが、台湾における土地流出の重大な理由の一つだ」と。
世界のノートパソコン生産の90%以上を占めるなど、台湾はこれまでは中国大陸に進出し、台湾域内を空洞化させて一大電子工業国の地位を築いてきました。しかし、台湾政府は昨年11月から「台湾回帰投資促進計画」を打ち出し、進出企業のUターンを促進しています。これが土地取り上げの強化につながっていることはまちがいないでしょう。
同時に、昨年10月には台北高等行政法院(裁判所)が「政府は土地資源を浪費し、食料安全保障と台湾の持続可能な発展を阻害した」として、とくに農地の開発許可を無効とする判決をくだしました。
土地正義を求める運動の前進を願わずにはいられません。
(新聞「農民」2013.2.25付)
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