「農民」記事データベース20110829-986-05

原子力損害賠償紛争審査会が中間指針策定

狭すぎる原発賠償の範囲判定


 政府の「原子力損害賠償紛争審査会」(会長・能見善久学習院大学教授)は、8月5日、東京電力福島第一原発事故の賠償の目安となる「中間指針」を了承しました。中間指針には、被害者が今後賠償請求をしていくうえで足がかりとなる観点が盛り込まれる一方、認定した範囲が極めて狭いなど、多くの問題点を抱えた内容になっています。

 被害切り捨て変わらず被害者に損害の立証要求

 中間指針は、すでに公表してきた第1次、第2次指針の内容を含めて原子力損害の範囲の全体を示したもので、風評被害では千葉県(全域)、埼玉県が対象範囲に含まれるなど一定の範囲の拡大がありました。しかし避難指示や出荷制限など政府の指示が出された区域で賠償内容を線引きし、この区域外ではもっぱら風評被害と間接被害だけを認め、それ以外の被害は切り捨てるという基本姿勢は変わっていません。

 「被害の切り捨てだ」という世論の強い批判を受けて、指針は冒頭で「中間指針の対象とならなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではない」と明記しており、これは今後の賠償請求にとって一定の足がかりになります。しかし指針に明記されない損害は、被害者自身が証拠をそろえて立証しなければなりません。また中間指針には法的強制力もなく、あいまいな表現も多いことから、「指針に基づいて賠償する」と繰り返して賠償を先延ばししてきた東電に、指針で明言されていない損害まで速やかに賠償させるには、いっそうの運動が求められているといえます。

 非常に狭い風評被害認定米など範囲外の被害多い

 風評被害をめぐっては、秋の収穫期を目前にして、指針に盛り込まれなかった多くの作物・地域への被害拡大が懸念されていますが、その最たるものが米です。農水省は14都県の米を対象に収穫前の予備調査を行う方針を発表していますが、すでに放射性物質による汚染を心配する消費者の中には昨年産の米を買い貯める動きも広がっており、中間指針では不十分なことは明白です。

 同時に風評被害については、生産者が受けている悲痛な実態を反映した観点も盛り込まれました。審議の過程では、「原発事故が風評被害の原因のすべてではない」「科学的でない、ただ不安だというものも、すべて賠償する必要があるのか」などの意見も出されましたが、中間指針ではこうした意見は基本的に退けられ、「消費者などが放射性物質による汚染の危険性を懸念し、敬遠したくなる心理が、平均的・一般的な人を基準として合理性を有している場合は、賠償の対象となる」と明記されたことは、一定の成果といえます。

 また具体性は欠くものの、風評被害を懸念してやむを得ず出荷・作付け・加工などを断念した場合も賠償の対象となる旨が明記されたことも、注目されるところです。

 農地の価値はまさしく「代替性なし」と認める

 前進面と問題点が共存するという意味では、「財物(動産・不動産)価値の喪失および減少」(表1を参照)という項目もその一つです。中間指針では、動産・不動産の賠償すべき損害額は、原則として「事故発生時の時価」とされました。この原則のままでは「時価」の価格が低い農地の賠償額はたいへん低く算定されてしまいますが、農地や文化財など代替性のないものについては「客観的価値(時価)を上回る損害も認めうる」と明記されたことは、注目される点です。

 土作りなど長い時間と労力をかけて農地の価値を高めてきた農家にとって、農地の価値はまさしく「代替性のないもの」であり、あいまいではあってもその価値が盛り込まれた背景には、生産者の運動がありました。

 しかし同時に問題なのは、こうした「財物価値の喪失、減少」という損害が認定されているのは、避難対象区域内に限られているという点です。放射性物質の飛散は避難対象区域にとどまりません。「きれいな農地に戻してほしい」という農家の悲痛な願いに背を向けているといわねばなりません。

 指針になくてもすべての損害を賠償請求しよう

 能見会長は中間指針策定後の記者会見で、「今後、米など中間指針で対処しきれないような風評被害が生じたような場合、指針の見直しや新たな指針をつくることも必要になるかもしれない」と述べています。「中間指針にないから」と賠償をあきらめてしまうのではなく、指針にないものも含めて生産者が現実に受けた被害を細大もらさずすべて請求することが、指針の見直しや実際の賠償に道を開く第一歩となります。

(新聞「農民」2011.8.29付)
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2011年8月

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