「線引き」や「引き延ばし」をやめ、
あらゆる被害・損害に全面賠償を
原子力損害賠償紛争審査会が「第1次指針」発表
東京電力福島第一原発事故による損害賠償について、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(以下、審査会)は4月28日、第1次指針を策定しました。
第1次指針では、避難や農作物の出荷制限など政府指示で発生した被害についてのみ、基本的な考え方を示し、第1次指針で対象外となった避難費用や営業損害など(風評被害も含む)については、今後の指針で策定するとしています。第1次指針の問題点は…。
原発事故による損害はすべて賠償を
原発事故の損害賠償は、「原発事故が起こらなければ発生しなかった損害・被害」はすべて賠償されることが、何よりも重要です。とくに営業損害については、原発事故が起こらなければ得られたはずの収入と、事故後の状態との差額はすべて原発による損害であり、全額賠償されるべきです。
しかし第1次指針では、損害を「本件事故がなければ得られたであろう売上高から、本件事故がなければ負担していたであろう……売上原価を控除した額(逸失利益)とする」としました。これは、農民が現に直面している原発事故による「逸失利益」の実態からは、まったくかけ離れた議論です。
営業損害の算定に際しては「売上原価を控除」するのではなく、市場での価格、たとえば過去3年間の平均価格を「原発事故がなければあったはずの収入」として、事故後の収入喪失や減収などとの差額を逸失利益とするなど、被害の実態に見合った方法とすべきです。
損害の「線引き」をするべきではない
〈その1〉「風評被害」について
そもそもこれまでの3回の審査会の議論では、損害の全容を明らかにし、損害はすべて賠償するべきという立場に立っているとはいいがたいものとなっています。
それが顕著に現われているのが、いわゆる「風評被害」への賠償をめぐる議論です。いわゆる「風評被害」は、「風評」に左右される消費者に問題があって生まれた損害ではなく、原発事故が起こらなければ発生しなかった損害であり、原発事故によって生まれた実害であることを明確にするべきです。原発事故によって生じた農産物市場における多くの被害を、「風評被害」と一言でかたづけることによって、損害賠償の「線引き」をすべきではありません。
〈その2〉出荷制限自粛品目とそれ以外の品目について
もう一つの「線引き」――出荷制限・自粛品目・地域と、それ以外の品目・地域についても大きな懸念があります。第1次指針では、出荷制限指示などに係る損害については「政府または地方自治体による出荷制限・自粛要請」のみが賠償対象となっており、これ以外の損害については今後、検討するとされました。
しかし会長の能見善久・学習院大学教授は第3回審査会の討論で、「品目数も多く、地域も広く制限された県と、そうではない県では、どこで線を引くのか、一部の風評損害については賠償範囲に入れるのかは、難しい問題だ」と、損害認定をけん制する発言をしています。
しかし現実には、制限品目以外の野菜も同じ県産品であることを理由に敬遠され、価格も暴落。また昨秋収穫された米でさえも放射能汚染地に保管されていることを理由に敬遠されるという事態が起こっているのです。
審査会委員である中島肇・桐蔭横浜大法科大学院教授は「生産地の表示は県単位で行われている。その県の農産物価格が下落しているのだから、出荷制限の出た県の農産物はすべて賠償対象として、1次指針に盛り込むべきだった」(「毎日」4月29日)と述べており、被害農民の意見を反映するものとして注目されましたが、残念なことにこの意見は第1次指針には盛り込まれませんでした。これらが盛り込まれなかったことは「線引き」であるとともに「引き延ばし」であり、ただちに改善すべきです。
営業損害の算定には問題が多い「一定額の賠償」方式
第1次指針では「被害者が数万人規模にのぼり、大量の請求を迅速に処理する必要性」「避難などにより証拠収集できない」など、原子力損害賠償の特殊性を認めました。着の身着のまま避難しなければならなかった被害者の避難費用の算定・支払い方法としては、「一定額の賠償」方法もやむをえない側面もあります。
しかし営業被害にもこの「一定額の賠償」を適用することは、重大な危険性があります。
その一つは、審査会が今後認定する「一定額の賠償」を超える損害賠償を求める場合には、被害者自身が損害を「証明」しなければならない、という点(損害程度の線引き)です。
もう一つは、損害の全容が明らかにならないうちに実態よりも狭い範囲で「一定額の賠償」基準が示される可能性があり、それを覆すには被害者側に多大な「証明」が求められる危険があるという点(時間的線引き)です。
農業には重大な焦点「損害の終期」
また第1次指針で先送りになった論点に「損害の終期」がありますが、農業・漁業にとってはこれも重大な問題です。
「風評被害」を乗り越え、農産物の販売が事故発生以前と同程度まで回復するには、かなりの長期間を要すると考えられ、汚染された土壌や漁場の回復にも非常に長い時間を必要とします。損害賠償は、損害が続く限り、年次払いなどの方法によって、すべて賠償されるべきであり、安易に終期を設けるのは実態に合いません。
報道によれば、文部科学省原子力損害賠償対策室は、「(賠償の交渉を始めるには)被災者に対して『これ以上、賠償請求はしない』と確約する文書に署名をもらう必要がある」(「読売」4月29日)と報じています。
事故発生後2カ月たっても収束のメドもたっておらず、実現性に疑問がある東京電力の工程表によっても、とりあえずの収束までに6〜9カ月かかるという人類が初めて直面する重大事故に対して、安易に「終期」をうんぬんするのは、賠償の幕引きにつながります。
(新聞「農民」2011.5.16付)
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