春耕雑感
私の田は、秋にワラを全量鋤(す)き込むので、春先にもう一度耕起しなければワラは腐らない。だから春耕は欠かせない作業だ。
大震災、原発事故の仲間を思う自分の田んぼを耕起する時になって、震災で見渡す限り街そっくり流され、田植えに間に合うか、塩害で大丈夫か、頭をよぎる。海水の塩分濃度は3.5%程度だというから、漬物かそれ以上だ。何度か津波の被害にあっている三陸海岸の古老に聞けば、案外、塩害をどう解決したか、言い伝えなどを掘り出せるかもしれない――そんなことが頭に浮かぶ。 原発事故による放射能汚染はどうだろうか。放射性ヨウ素の半減期は短いが、セシウムは30年だという。さらに半減するにはもう30年。そんなものが農地に溜(た)まったら、半永久的に作れなくなるのではないか! 「今年は、放射能被曝(ばく)農地を耕起するな」と言われていると聞く。今年だけの補償で済まされてたまるか! 土を返せ! マスコミは、農畜産物の放射能汚染のことは書いても、農業被害(塩害農地や農業復旧)のこと、東京電力と政府の責任についてはまったく書かない。いろいろな思いが錯綜(さくそう)して、なんだか自分だけ春耕するのが申し訳ないような気にもなる。だから、トラクターの畝は時々曲がってあわてて直す始末だ。
ブキッチョなカラス、華麗なセキレイどこで見ていたのか、トラクターが耕起し始めると、5分とたたないうちにカラスやセグロセキレイが田に舞い降りる。カラスは黒い体全体を左右に振って歩く。いかにもブキッチョ(不器用)な姿だ。どうやらタニシやカエルを見つけているらしい。セグロセキレイは、デコボコした土くれの上をまるで氷の上を滑るように華麗に走っては何かをついばむ。
カエルよ、逃げろ!啓蟄(けいちつ)はもう一カ月近く前だったのに、蛙はまだ冬眠から覚めきれないのか、起こされた土くれとともに地表に放り出されたらしい。トラクターが向こうの端でターンしてくるころには、もうその蛙がいたあたりにカラスが舞い降りている。あと一瞬の命か。なんだかカエルに悪いことをしたような気分になる。西北の遠い北アルプスの山々はまだ真っ白だ。 (小林節夫)
(新聞「農民」2011.5.2付)
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[2011年5月]
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