「農民」記事データベース20110411-968-15

自然の恵み享受した地方食

ナズナのおひたし?


 ひと足早い春の訪れ

画像 長野・佐久では、蕗(ふき)の薹(とう)よりひと足早いのがナズナである。高い山々が連なる信州では、北西からの雪は佐久へ来るまでに降ってしまい、佐久の冬は青空が多い。だから地下はまだ凍っているが、表面の土だけは解けては乾く。その繰り返しで、表土は乾いてサラサラになる。だから真冬でも稲刈り鎌でナズナを採ることができる。

 ナズナは這(は)いつくばっていて、葉は放射状に生えているからすぐ見つかる。茎がほとんどないようなものだから、あまり浅く切ると葉がバラバラになってしまう。だから、注意深く稲刈り鎌で根をつけて切る。

 君が為
  春の野に出でて
     若菜摘む
  我が衣手に
   雪は降りつゝ
 (小倉百人一首)

 「こしらえる」

 こうして採ったナズナの葉は暗い赤褐色だが、枯れてはいない。この生きた葉を残し、1、2枚の枯れ葉を取り除き、葉がバラバラにならないように鋏(はさみ)で根を切る。これを「こしらえる」という。どんなに小さなナズナでも手がかかるのは同じで、「こしらえる」時間は採るときの3倍も4倍もかかる。指の爪先に泥が入ってとれない。

 炬燵(こたつ)にあたりながらこしらえる時は、単純作業だから頭は別のことを考える。「もし、これが放射能に汚染されていたら?」と、原発事故に苦しむ仲間に思いが走る。

 サッと鮮やかな緑に変わる一瞬

 こしらえたら水で洗い、沸騰したお湯に投げ込む。「そのとき!」 あの暗い赤褐色の枯れたような葉が、一瞬にして鮮やかな緑に変わるのだ。私がナズナを摘むとき、いつも無意識のうちにこの一瞬に胸を躍らせているのだ。

 “おひたしになる?”

 いつか、高橋マス子さん(農民連前女性部長、神奈川県在住)に話したら、「あんなもの食べるの?」と笑われたことがある。彼女は雪国の小千谷(新潟県)の生まれだから、早春の這いつくばったナズナなど見たこともないし、いま住んでいるところでは秋のうちに花が咲いてしまい、とても食用にはならないのだろう。だから無理もない。

 冬の長い準高冷地の旬の味

 ここ佐久でも、12月初めころ食べられるくらい大きくなっても、そんなナズナはおいしくない。まだ厳しい寒さに遭わないからだ。

 早春にナズナをおひたしにするというのは、冬の長い、青物が乏しい地域の、春を待ちきれない先人が、自然の恵みを享受した地方食の一つというべきか。

 そんなひっそりとした豊かさと季節感は、いつまでも伝えたいものだ。

(小林 節夫)

(新聞「農民」2011.4.11付)
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2011年4月

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